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ホーム広島の仏殿と屋根付橋(4日目)音戸大橋

音戸大橋

狭い海峡をまたぐ日本初のループ橋。私の原点と言っていい。

(広島県廿日市市宮島町)

地図・MAP
   
   

日ごろは寝覚めの悪い私だが、きょうは比較的早く目が覚めた。昨夜、鎮痛消炎剤をあらゆる筋肉に塗り込んだこともあり、とりあえず筋肉痛、関節痛はおちついてきたようだ。

宿を出て最初に向かったのは、昨日の最後でも少し紹介した音戸大橋である。

この橋は「音戸の瀬戸」と呼ばれる狭い海峡に架けられた自動車専用の橋だ。海峡や河口では、下を大型船が通れるように橋げたを高くしなければならないが、ここでは本土側が山、島側が港町という高低差があり、それを解決するために、島側がループ橋になっている。

作られたのは昭和36年で、日本初のループ橋だ。

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写真は、本土側の登坂路。

橋への入口は初めに180度の左回りのカーブがあり、写真中央の一番低く見える場所に現われる。そこからはカーブが逆転して文字通りのヘアピンカーブで右回りに橋に一周半回転して橋げたにつながる。

さらにまわりには今いる展望台への進入路もあり、本土側の道路だけでも、ちょっと見て理解できないような複雑な設計になっている。

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橋げたは下路アーチ橋で赤く塗られている。大型船のマストやサルベージ船のクレーンが接触しないように目立つ色になっているのだろう。

島側は、2廻り半のループ橋になっている。特徴的なのは、島側は狭い港町の真ん中にループ橋がそそり立っているということだ。こういう強引な感じの風景は現代の日本ではもう生まれることはなく、まさに昭和を物語るものだと思う。

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音戸大橋については、実は幼い頃の忘れられない思い出がある。

私が物心つくかつかないかという年代によく見ていた絵本に、乗り物の絵本があった。はっきりとは覚えていないのだが、新幹線の完成予想図、国産オープンカー、働く自動車などが描かれた絵本だったのではないかと思う。(もし誰か知っていたらタイトルを教えてほしい)

普通の子供だったら、蒸気機関車やパワーショベルなどに夢中になるのだろうが、私はその絵本に載っていた音戸大橋の俯瞰図がお気に入りだった。

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ループ部分を見ては、その中を走る場面を夢想し、本土側のグネグネしたヘアピンカーブを見ては、このカーブはどうつながってるんだろうと飽くことなく指でなぞっていた。

つまり私にとって、遡れる限り最も幼いときに見た本の記憶が、音戸大橋の俯瞰図だったのである。

三つ子の魂百までというが、私がさざえ堂などの螺旋状の立体構造や、まわり場やロータリーのような円運動が好きになったのは、この「音戸大橋」が原点だと断言できる。

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「オンド・オーハシ」という名前は、私が最初に覚えた橋の名前であり、現在まで一度も忘れることなく憧れ続けてきたその場所にいるのだから、興奮を隠すことはできない。

ループ橋といえば今ではいろいろなところにあるし、いくつかは通ったこともあるのだが、音戸大橋には格別の感動がある。それは、当時の人々がこの設計が音戸の瀬戸に橋を架けるための唯一の解答だと信じて、高度な技術に挑戦した結果だからだろう。

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たとえば、アポロ計画の月着陸船の設計など、今みたらよくもあんな複雑な設計ができたな、と思うようなものがある。それでも当時の人々は、科学の進歩が必ず明るい未来をもたらすと信じて、果敢に限界的な技術に挑んだのだ。

それに比べ現代では、すべてのモノ造りにおいて、どうしたら低コストで作れるかということを競い合っているだけである。しかも、低コストを極限まで進めることが、明るい未来や人間の幸福をもたらすと誰も信じていないのだから感動がなくて当然だ。

(2002年08月29日訪問)

     

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