口山のタバコ農家①

阿波葉農家の出荷までの様子を見せてもらった。

(徳島県美馬市穴吹町口山西谷)

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香川県でタバコ畑を見た次の日曜日、穴吹町の口山(くちやま)へ来ていた。口山は標高400m以上に広がるソラの集落だが、見晴らしがよく少し広々とした風景の場所だ。これまでも何度か訪れていて、ソラの集落の中でもお気に入りの場所のひとつ。

昨年八千代でタバコ農家さんに話を聞き、「阿波葉(あわは)」というタバコの在来品種のことが少しだけわかった。そして「それなら口山で見たタバコ畑も阿波葉なんだ」と気付いて、確かめにやってきたのである。集落で聞き込みをして、口山のタバコ農家のリーダー的な存在である元山勝市さんという農家を訪ねた。これから足掛け3年分のタバコ畑の様子を、カレンダーの順に見ていきたい。

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ここは元山さんのタバコ畑のひとつ。

ちなみに奥に見える入母屋の家は元山家ではなく、この土地を貸しているお宅で元タバコ農家。波板の壁で屋根に2つの櫓を載せた倉庫みたいな建物は、阿波葉の乾燥室だ。

黄色種の乾燥室は専売局の設計による規格化された土蔵つまり「ベーハ小屋」であるのに対して、阿波葉の乾燥室はずいぶん簡素な感じであり、知らなければ倉庫にしか見えない。

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5月5日に香川県で見た黄色種の畑は苗がずいぶん成長していたが、5月11日に口山では苗を定植したばかりだ。

マルチは銀マルチ。アブラムシなど、タバコの害虫が飛来するのを抑制する機能があるという。タバコというと人体に有害というイメージがあるので、食害する虫などいるのかと思うかもしれないが、アザミウマ、タバコガ、ヨトウガなどの害虫がつく。

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苗は組合で共同生産して各農家に配布するそうだ。

畝間には藁が敷かれ、雑草除けにしてある。丁寧な仕事だなぁ。

香川で見た畑はたぶん除草剤で枯らしてある。

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実はこの場所にタバコ畑があるということは以前から知っていて、そこが偶然にも元山さんの畑だった。

昨年もこの圃場はタバコ畑だったから、阿波葉は同じ畑で連作できるのだ。なので、ここを定点的に見ていくことにしよう。

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6月10日。

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ビックリするくらい大きく成長し、畝間には日が当たらないくらい葉を拡げている。

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6月22日。初めて元山さんと一緒に畑を見に行く。

奥のほうの谷には霞みがかかっていて、しっとりとした山の空気に、タバコから揮発するチョコレートのような甘い匂いが混ざっている。とても阿波葉らしい風景の場所だと思う。おそらくこの場所で100年以上はタバコを作り続けてきたのだろう。ナス科の連作というと知らない農家が聞いたら「イヤイヤ、さすがに土壌消毒はするでしょ?」と思うかもしれないが、阿波葉は土壌消毒をせずに連作できる。これが400年間、山間地に適応してきた在来種の力だ。

この圃場は北向きの斜面で決して日当たりがよいとはいえない。口山全体を見ても北向きか北東向きの斜面が多い。だがこうした日照条件が悪い場所が意外に阿波葉の生態と合っているのかもしれない。

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畑のほとんどの株に花芽が付いていた。タバコは花が咲くと栄養が花にとられてしまうので、すべてこの位置で芯止めする。

ただ、例外として畝の端の株が育ちすぎてしまう場合はあえて花を残して栄養を使わせることもあるという。畑の畝の端の1株は片側が空いているので、中間の株よりも根を広く張れ、多くの栄養を吸うことができて生長がよくなる。そうした育ちすぎのバランスをとるためだ。

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芯止めした先には新しく葉が付かないので、芯止めしたところの葉が一番上の葉になる。

阿波葉では、1株でだいたい18~20枚の葉が収穫でき、下から熟した順に1枚ずつ収穫していく。

下から12~14枚までは1枚ずつ収穫し、残り4~6枚になったら幹ごと切って干す方法(幹干し)もあるが、収量が少し減ってしまうという。

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タバコの葉は、部位によって用途が違うので、出荷するときにも種類ごとに分別しなければならない。

葉は下側から「下葉(したは)中葉(ちゅうは)合葉(あいは)本葉(ほんば)上葉(うわは)」の5分類で、阿波葉の場合は枚数は下葉2枚、中葉3~4枚、合葉4枚、本葉4枚、上葉3~4枚。最も品質がよいのは合葉だという。

阿波葉の根元。黄色い葉は除外して、左右に広がっているのが下葉ということだろう。

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中葉から合葉。

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そして、本葉から上葉。上のほうに行くほど成分がきつくなるそうだ。

元山さんはこの見分けかたを何度も教えてくれた。

おかげで私も畑の株を見てどの葉なのかわかるようになったし、収穫後の乾燥した葉を見てもだいたい当てられるようになった。

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開花前の花芽。

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元山さんの自宅敷地にある乾燥室へ。

主屋の前に建てられているが、土地が急傾斜のため、屋根を見下ろすような角度になる。

ソラの集落にありがちな光景。

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構造は木造和小屋、波板張り。

土蔵造りのベーハ小屋に比べ、現役の阿波葉乾燥室は写真映えはしないのだけれど、これはこれでよくよく見ておきたいし、写真も残しておきたい建物だ。

ベーハ小屋のいくつかはいずれ登録有形文化財になるだろうし、うまくすれば市町村指定文化財くらいにはなるかもしれないが、たぶん阿波葉乾燥室が文化的な資源として保護されることはないだろうから。

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内部の様子。中は自然光で明るい。壁や天井は断熱を重視していない作りだ。

黄色種は35~72℃という高温で乾燥させるが、阿波葉は自然乾燥。梅雨時などで低湿なときは薪ストーブで加温することもあるが30℃を超えないように管理する。荒風(あらかぜ)といって強い風で乾きすぎないように管理しなければならない。

つまり、阿波葉乾燥室は乾燥させる装置ではなく、むしろ乾燥させない装置なのだ。

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これは連縄(れんなわ)

葉の収穫が始まったら、この縄に差し込んで乾燥室に吊るしてゆく。縄は20年くらい使える。縄の長さは2間(3.6m)と決まっていて、1本で100~110枚の葉を吊ることができる。これを2間縄という。

穴の空いた鉄管は、乾燥機のダクトだ。

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キハラ製作所の乾燥機。

下部にバーナーがあり、鉄管の中に温風が吹き込まれる。

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これはS環というフック。

縄の両側に取り付けて、パイプに引っかける。

カーテンのランナーみたいな器具。

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連縄に編み込むところのデモを見せてくれた。

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7月7日。

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すべて芯止めが終わっていた。

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ここからは2009年。阿波葉生産最後の年。

7月26日。

ベーハ小屋研究会とのコラボ遠足で、元山さんを訪れ、タバコの葉の見かたを説明してもらう。

太い葉脈(中骨)が白くなってくると熟した状態なのだという。

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下葉は収穫が終わっていた。いま残っている黄色く見える葉は中葉。

元山さんは毎年7月20日~25日ごろから収穫を開始する。

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これは収穫した中葉。「アカバ取り」といって色が付き始めた葉を収穫するやりかた。

葉の乾燥は主に野外や軒下の「干場(かんば)」で行なうが、梅雨時などの気温の低いときは乾燥室の中で乾燥する。これを「温蒸(おんじょう)」という。

葉が乾き過ぎないように温度を調節しながら、葉を「黄変」させていく。発酵によって植物の繊維が分解されて味が良くなる重要な工程だ。

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黄変が進んだ阿波葉。しんなりしている。

扇風機などで空気を循環させるが、天井からの排気はしない。室内の空気がしっとりしているくらいでよい。

乾燥が早すぎて発酵する前に黄色のまま乾いてしまったときは、一度外に出して夜露にあてて湿らせて、発酵させるということもあるという。

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下葉はすでに褐色になっていた。これを「褐変」という。

発酵と乾燥が終わり最後の仕上げで色を付けるときにも乾燥室に入れる。褐色になってから乾燥室に入れるのを「休乾」という。

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7月26日

収穫が本格的に進んでいるころ。阿波葉農家らしい干場での連干し風景。

収穫したての葉を、温蒸パックと呼ばれる資材で包んである。風による急激な乾燥を防ぐためだ。

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このときは直前に夕立があり、湿度が高くなっているので、すこしカバーを開いて空気を通していた。

収穫してすぐの葉は30分拡げておき2時間寄せるというような配分で乾燥させ、徐々に拡げておく時間を1時間、1時間半というように増やしていくそうだ。

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屋根のない場所では褐変の進んだ葉を乾燥していたが、夕立のため寄せ集めてビニールで覆ってある。

なお在来種の乾燥工程には「地干し」といって、藁などを敷いた地面に並べて日光を当てて乾かす工程があるが、阿波葉では葉を地面に下ろすことがない。理由は産地が急斜面で農家に広い庭が取れなかったからだといわれる。

自然の天候相手にきめ細やかな作業が毎日必要で、乾燥の作業がある期間は長く家を空けることもできない。

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8月16日。

収穫がだいぶ進んでいる。本葉の一部と上葉だけが残ったタバコ畑。

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奥さまも一緒に畑に出ていた。

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タバコを運搬するための専用の資材。

大紀産業株式会社の「ベンリークロス」という商品。

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収穫した葉が傷まないように鉄のカギでひっかけて止めるようになっている。

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9月5日。

乾燥室の崖下にも干し場があり、そこで茶色くなった葉の仕上げの乾燥が行われていた。

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直接風が当たらないように、上面には「(こも)」を被せ、側面は「()()れ」という資材で覆っている。

こんな資材が以前は売られていたのか、あるいは自分で作るのか・・・。かっこよすぎる。

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11月8日。

「調理」という工程を見せてもらう。完全に色づいたタバコの葉を品質ごとに分類したり、縮れた葉を伸ばしたりする作業だ。

昭和30年ごろまでは、葉をきれいに拡げて「のし葉」にして出荷していたが、現在はそこまで丁寧に拡げず「しぼり葉」のまま整理していく。

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これは合葉のいちばん品質のよいところかな。

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すでに調理が終わった葉は重しを載せて形を整えてある。

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葉を揃える治具。

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11月18日。

阿波葉最後の年ということで耕作組合が謝恩会を開いた。

徳島県知事が謝辞を述ているところ。吉野川可動堰問題で荒れた県政をまとめるために保守勢力に推されて知事になった人だが、官僚出身だけあってすごく頭がいい人だ。阿波葉の歴史や生産量などの数字をふまえた演説をいっさいカンペを見ずに、常に客席に視線を送りながら我がことのようにしゃべり切った。

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一人一人に感謝状が渡される。県議でもあり、タバコ耕作組合の寺井会長と元山さん。

最後に残ったすべての阿波葉農家がおめかしして徳島市に集まった。平日だったので私は会社を半休で会場へ。

このころには私も阿波葉農家の大半を知っていたので、皆の最後の晴れ舞台を見ておきたかったのだ。

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11月21日。

梱包の日。

葉を部位ごと、ランクごとに分類して並べる。

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左側は合葉、右側は本葉。

どれも良い出来。

元山さんの最後のタバコは悔いのない仕上がりとなったようだ。

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最後に少し満足のいかない葉が出たので調理し直す。

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霧吹きで葉を少し湿らせてから、

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葉の形を整えていく。

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この葉の右側に青みが残っている。たぶんこれは品質が良くない箇所。

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いよいよ最後の梱包。

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圧搾梱包機にセットして、、、

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人力でハンドルを回す。

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結束ヒモが通っているのでそのまま結束する。

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この覆いの布や結束ヒモもたぶん専用資材。

ナイロンやゴムなどの破片が製品に混入すると、火をつけたときに異臭がするので、そうした事故が起きないような素材でできている。

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重量を計る。

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重量ごとの記録。

「土葉」、「土中」は下葉の意味。

「天葉」、「天下」は上葉の意味。

土葉(どは)」、「天葉(てんば)」は昔の言い方。現在は5分類だが、かつてはより細かく分かれていたのだろう。

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出荷するタバコは神様の前に積まれていく。

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こうして阿波葉最後の出荷の準備が終わった。

元山さん、何度もお邪魔させてもらいありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

(2008年05月11日訪問)