次の目的地を示す道しるべを発見。
「စံပယ်ဂူတောရ(ザペグゥトゥヤ)」と書かれている。「
チャイマロウ寺院の横の枝道を進めばいいみたいだ。
しばらく走ると家並みが途切れ、田園の中の一本道になる。
この先でアトラン川を渡河したいと思っているのだが、道はきれいに舗装されているからルート取りは間違っていないだろう。しかも対向車がけっこうあるからこの道の先に渡船がある可能性は高い。
ところが、さっきからこの一本道から右方向に見える山すそが気になって仕方がない。動画
事前にきょうの移動範囲はすべて衛星写真でチェックしてきた。この山に小さなパゴダが点在していることはわかっていてスルーするつもりだったのだ。だが衛星写真では重要に見えなかったものも、こうやって目視した結果、見ておいたほうがよさそうという判断に変わった。
衛星写真を見ると一本道から山のほうへ行けそうな並木❶ がある。でも実際には並木の下に道はなかった。衛星写真ではそこまではわからないのだ。
そこでチャイマロウ町へ戻り、山のほうへ行けそうな道❷❸に入ってみた。でも衛星写真では道があるように見えるが、今度は途中の川にオートバイを渡せる橋がなくて先へ進めない。
ということは、いったんモーラミャイン方向に戻り、❹の道で行くしかないのか・・・。
チャイマロウ市街入口の三差路まで戻り、標識の「
片道6km、行き帰りで12kmの回り道になる。
しかもこのルートはとても荒れたダンプ道で、オートバイで走るにはギリギリという路面状況。この写真のあたりはかなりマシなほうで、実際は一瞬も気を抜けない。
写真で右端の路肩に踏み分け道みたいなのが見えるが、これはバイクが走った跡だ。路面があまりにも荒れているので路肩を走る人がいるのだ。私もかなりの区間、実際に路肩を走った。
こんな道を行って、同じ距離をまた戻るのだと思うと、涙が出そう。
山が近くになると簡素な住宅が並んでいた。山が採石場になっているのだが、町から遠いため仮設住宅を建てて住み込みで働いているのだった。
山すそに到着。
パゴダに行くにはこの採石場の中を通行するしかない!
どう見ても寺参りの風景ではないのだが。
しばらく進むと岩の上にパゴダがあった。
なんとその下には洞窟が!
やっぱり方針を変えてこのパゴダに来てみてよかった。
洞窟は貫通型で内部は水没している。
入口から5mくらいは壁にしがみついて入れるが、その先へ行こうと思うと、腰くらいの深さまで水に入らなければならない。
いっときはこの舟で洞窟の中を遊覧できたのだろう。
さらに進むと、工事現場のような風景は終わり、潅木の中を抜ける小道になる。
こんな道をオートバイで進んでいくのがミャンマーの田舎の寺巡り。
パゴダの数が増え、お寺が近づいたことを教えてくれる。
山際には小さな洞窟が無数にあるが、どれも奥は深くはないだろう。
お寺に到着。
チャンミダマパゴダと書かれた扁額があった。
オートバイのエンジン音に気がついて犬とお坊さんが出てきた。めったに人が来るような場所ではないのだろう。
お坊さんに寺巡りに来た旨を告げると、この階段を登りなさいと案内された。岩の割れ目に階段があり、パゴダが不規則に並んでいる。周囲はプルメリアの森だ。
面白い風景だなぁ。
観光向けの大寺院よりも、やっぱりこんな田舎のパゴダのほうが私の性に合ってる。
5分ほどで山頂に到着。
山頂部分には瞑想堂と思われる小さな小屋があった。
敷地にはやたらに複雑に階段があるが、中にはどこにも通じていない階段もある。
その一番奥に洞窟の入口が。
でも中は3mくらいしかなかった。
暑い日用の瞑想所なのだろう。
こんな面白い寺なのに参拝者はだれもいない。GoogleMapsをいくら眺めてもこの寺に気付くことはない。自分の足で行った者だけがこの風景を知ることができるのだ。
そういう体験はもう日本では難しくなっていて、これが私をミャンマーの田舎の寺巡りに駆り立てるのだろう。
山を下り、感謝の意を伝えて帰ろうとすると、お坊さんが「付いてきなさい」といって寺の奥のほうへ入っていく。
小さな岩座のようなところを抜けていくと、
なんと鍾乳洞の入口に出た。
あ、これ、さっき見た貫通洞の反対側の洞口だ。
この丸いものはたぶん水くみ用の井戸だと思われる。
ありがとう、お坊さん。
言葉は通じなくても、私が何を見たがっているのかわかったのだろうね。
お坊さん一人と犬一匹だけの寂しいお寺だが、本当に行ってみてよかった。
(2019年03月01日訪問)