階段はけっこう急で、一息で上ることはできないくらいの段数はある。
階段の随所にサルが出現。
本坊を見下ろす高さまで登ってきた。
女湯、見えてるんですけど。まあいいか。
西側には大きな沼地が見えた。
この岩山のふもとからわき出した水が川になって流れ込んでいるように見える。
途中で道が分かれていて、登ってみたら金色のパゴダ群が並んでいた。
みんな、石段を登るので息が切れていて、誰もこっちのほうへは来ていない。
石段を登りきったところには巨大な洞窟が口を開けていた。
洞窟寺院ってこういう構成なんだ。
標高差は40mくらいだろうか。
ここにもチャイティーヨーのミニチュアがある。大きさはドラム缶くらいか。
いったい、ミャンマー全体でチャイティーヨーの模型はいくつくらいあるのだろう。
洞口にはたくさんの過去仏。
説法印の仏陀。
従者だか神々だかがウチワであおいでいる。釈迦に初転法輪を促す神々の場面か。
「みなさん、お布施をしなさい。」
「はーーい」という場面か。
一人だけ「ヤナコッタ!」という感じで後ろを向いている。
・・・全然違う場面かもしれないけれど・・・。
ミャンマーのお寺で、こういう色鮮やかな仏教説話ジオラマがあるとどうしてもテンションが上がってしまう。
ハヌマーンっぽい何か。いや、違うか。
洞窟の奥には金色のパゴダがあった。
ここまでで終わりかと思ったら、なにやら背後の岩に矢印が書かれているではないか。
どうやらまだ奥があるらしい。
懐中電灯を持ってきていたので、点灯して奥に入ってみた。
私は、サラリーマン時代からたとえ渋谷センター街を歩くときでも、小型の懐中電灯を常に持ち歩いてきた。いつどこで富士塚でもあって胎内くぐりがあるかもしれないから。なのでミャンマーの寺参りでも当然懐中電灯持参だ。そうでなくても、ミャンマーでは停電が多いので、洞窟に関係なく懐中電灯を携帯したほうがよい。
懐中電灯の明かりを頼りにどんどん進んでいく。
洞窟の内部は蒸し暑く汗ばんでくる。
日本では洞窟の内部は外気より涼しい場合が多いが、ミャンマーでは逆で、地下の温度が高い。冬がない気候のせいだと思う。
洞窟の最後に小部屋のような空間があり、底に金色の仏像が祀られていた。
どうやらここが奥の院のようだ。
例の三回拝礼をうながすようにマットが敷かれていたが、暗いのと蒸し暑いので立ったまま簡単に手を合わせ、お賽銭箱に1ドル紙幣を入れた。
帰ろうとするころになって、洞窟内の照明がついた。
ちゃんと照明設備があったのだ。
立派な鍾乳石もはっきり見えるようになってうれしい。
洞窟の深さは100mはあったと思う。
岩山は外から見てもあまり大きくないので、100mも進んだら反対側まで届いてしまいそうだ。こんな小さな岩山に深い鍾乳洞が形成されるのだから不思議なものだ。
途中、石筍みたいな生成物があり、現地の人がしきりにさわっていた。
「金がまざってるんだヨ」というようなことを言っていた。
懐中電灯で照らすと、確かに鍾乳石の中にキラキラと光るものがある。
金かどうかは知らないが、神秘的な光景だ。
参道まで戻ってきた。
そこで見かけた、鳥の首を載せたパオ(遊牧民のテント)状の物体があった。
何なのだろうか。
講堂のような建物があり、みんな入っていく。
中はだだっ広く、奥にきらびやかな祭壇みたいなものが見えた。
近づいてみると、ガラスケース入った何かが飾られている。
なんと中にはお坊さんの遺体が飾られていた。
ものすごい装飾。高いところに寝かされているので、はっきりとは見えない。
遺体にLEDで電飾するというのがすごい。
横に写真コーナーがあり、お坊さんの姿がよく見えるようになっていた。
写真コーナーにあった祭壇のスケッチ。お坊さんのお葬式で建てる、仮設式の巨大な建物だ。
このお坊さんが生前に設計したものなのだろうか。
同じようなスケッチだが、こっちのほうが複雑で面白そうだ。
四角形の角(45度のところ)が建物の正面になっている。45度のところに開口がある建物はこれまであまり見たことがない。あえて言えば、東京の中野にある哲学堂公園の「宇宙館」という奇建築が似ているか。
ミイラにお参りを済ませた後、堂内にあった噛みたばこコーナーで現地のスタッフが勝手に噛みたばこを調合し始めた。
どうやら参拝客に無料で振る舞われているものらしい。
駐車場のあたりに建築中の建物の足場が作られていた。
近々ここで盛大にお葬式が行なわれるのだろう。
(2014年01月23日訪問)