鮎喰川を上流へ。神山町へと入っていく。
抜水橋の行者野橋から鮎喰川は先行谷になり、先行谷区間で最初にある集落が広野だ。郵便局や小中学校などがあり、ささやかだが日用品の買物もできる。
神山町中心部(?)はまだまだ上流だが、広野で神山町へ向かうルートは2つに分かれる。比較的道路の整備が進んでいるメインルートの県道21号線と、蛇行する鮎喰川に沿った遍路道でもある県道20号線だ。広野はその合流ポイントに出来た町なのである。
私は2002年に横浜から徳島に転居し鮎喰川下流に一戸建てを借りているが、実は5年分くらいの家賃で徳島では田舎に土地付きの古家を買えるのだ。そこで家を買おうと探したとき一番の候補地が神山町だった。職場までは片道1時間かかるが、東京で生活していたとき満員電車で1時間の通勤をしていたのを思えば、自家用車で音楽を聴き缶コーヒーでも飲みながらの1時間とではストレスがまったく違う。
だが、残念ながら神山町では物件が見つけにくい。空き家はたくさんあるが、山里の人は都会に出た後でも簡単に自分の生まれた家を手放さない。それは故郷を手放すことになるからだ。多くの空き家が森に飲まれやがて朽ち果ててゆくだけである。
特に私は遍路道に面した場所に住みたいと思っていたので条件が狭く、ついに神山に住む場所を見つけることができなかった。
そんな中でいくつか売りに出ていた家のひとつが広野にあったのだ。私は初めて広野に来たときに「ここに住んだらどういう生活になるかな」と想定しながらこの風景を見ていたから、思い入れのある場所となった。
その広野の町の中に吊り橋がある。
名前は広野橋。
対岸にある学校へ通う近道として造られた橋であろう。
幅員は1mほどしかなく、基本的に徒歩と自転車専用の橋である。
橋の東詰めには神山東中学校、広野小学校、広野保育園がある。
(2007年03月03日訪問)