覚王山の散策で最後に立ち寄ったのが大龍寺である。今回の旅の主要な目的は八十八ヶ所霊場巡りではあったが、覚王山で最大の見ものは実はこの大龍寺だ。(と言っても、一般の観光客はあまり立ち寄らないのだが。)
日本の仏教建築史で最も奇抜な建築はおそらくさざえ堂だろうが、そのさざえ堂の前身とも言えるのが東京都本所羅漢寺の本堂「羅漢堂」である。本所の羅漢寺は現在存在しないが、そのレプリカとも言える建物がこの名古屋に現存している。
さざえ堂自体が建築史の傍流としてつい最近まで文化財に指定されなかったほど認知度が低かったわけだが、その前身である羅漢堂は傍流中の傍流といった感じで、今でもほとんど知る人はいない。
まず、伽藍配置図からその外観を見てみよう。
本堂は五間四方の塗籠めの城郭ふう造りで一見して並の寺でないことがわかる。
この寺はもともと東区新出来町にあり、本堂は安永7年(1778)に完成している。図は『尾張名所図会』に見える大龍寺の様子。
現在地に移転してきたのは大正時代。以前の建物がほぼそのまま復元されていることがわかる。
しかしこの寺のすごさは外見ではないのだ。本堂の両側に袖の様に2棟の別棟があり、本堂とは2階建ての渡廊で接続されている。羅漢堂はこの3つの堂が一つのセットになって機能する。
その各堂の内部は立体的で複雑な通路になっており、ここを順路に沿って巡ることで五百体の羅漢像を参詣するという迷路建築なのだ。
下図はこのお寺の推定される復元図である。
きちんと測量したわけではく目見当で描いたので正確性はあまりないが、だいたいこんな感じ。
参拝者は順路にそって五百羅漢を拝めるのだが、順路は一方通行で一度も交差することがない。
通路が一度も交差せずに巡回できるようになっているのはさざえ堂と同じだが、恐るべきことに五百羅漢堂には2系統の巡拝路(黄矢印と青矢印)が確保されており、しかも、それぞれが太鼓橋で立体交差するようになっているのだ。ちょっと、口で説明したくらいでは想像できない複雑な建築なのである。
なぜ2系統の順路があるのかを理解するのは容易ではない。
図は『江戸名所図会』に見られる本所羅漢寺の内部である。これを見るとやはり通路は2段になっていて、それぞれの通路に参拝客がいる。
思うに、本所羅漢寺では上段の参拝路は有料、下段は無料だったのではと想像しているのだが。
とにかく、この種の巡礼建築の設計思想は即座には把握できないような迷宮的な空間を作り出すことで、参拝者にある種の異界を体験させるのが目的ではなかろうかと思う。
黄色の順路に沿って説明すると、まず本堂に入った参拝者は本堂に入る。須弥壇の左側の戸口から渡廊に入り、左側の袖堂へ移動する。
そして須弥壇の左側の戸口から渡廊に入り、左側の袖堂へ移動する。
(写真は須弥壇右側の戸口)
袖堂に入るとすぐに連続する2つの階段を登って太鼓橋を渡る。
この太鼓橋がたまらない。
現在残っているさざえ堂にも太鼓橋を持つものがあり、太鼓橋は巡礼建築には重要なキーなのである。
土間を歩く青色のルートとはここで立体的に交差している。
太鼓橋を渡るとすぐに階段を下り、袖堂内の中島のような作りの雛壇に着く。
そこは羅漢像が3段並ぶ雛壇になっていてる。
上段のルートを通れば羅漢像を間近に拝むことができるが、下段だとお像までがちょっと遠い。これが、上段は有料、下段は無料だったのではと想像する理由だ。
修復工事中のため雛壇の内部が見られたが、さざえ堂にあるような賽銭自動回収機構のようなものはなかった。
順路はその雛壇を回るように周回し、再び太鼓橋の所に戻ってくる。
太鼓橋を渡ると、袖堂の北面にも羅漢像が並んでいる。
それを拝観しながら再び渡廊の2階へ。
渡廊の2階を通って本堂へ。
通路は鉤の手状に折れ曲がり、須弥壇の裏側の狭い廊下へ。この通路は設計上ほとんど採光がなく、暗やみが続く。鉤の手の設計もおそらくこの通路への光を遮断する働きがある。
この通路は本堂に参拝したときにはわからないように作られており、言ってみれば隠し廊下だ。参拝客は知らぬ間に左側の袖堂から右側の袖堂へ移動することになる。
隠し廊下を抜けると、右側の袖堂へ出る。右側の袖堂を左側のときと対称に巡拝し、最後に本堂の内陣へと戻ってくるわけである。
参拝客は複雑な屈曲、高低差の変化、暗やみによって次第に方向感覚が失われ、気付いてみたら本堂に戻っていたというような不可思議な体験となったのだろうと想像する。
現在大龍寺は修復工事中であり基本的には参拝できない。左右の袖堂の建物はほぼ修復が終わっており、今後は本堂部分に着手するところである。
建築史上の重要性から言えばほぼ国指定重要文化財に指定まったなしの建築だと思われるが、住職が「寺は博物館ではない」と文化財指定を拒んでいるため、現在一切の文化財指定を受けていない。
五百羅漢堂は修復が終わったあと、非公開になっているようだ。
せめても3Dデータで内部の様子をご覧ください。
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(1999年11月21日訪問)