哲多町で揚水水車を探すのに1時間を要し、そこからここ、吹屋まで約40分。到着したのは18時近い時間だった。
ここでは銅山の坑道観光と鉱山町の町並み観光を予定していたのだが、当然営業時間は過ぎている。あまり見られるものはなさそうだが、今夜の宿泊地高梁へのルートの途中なので、一応立ち寄ってみることにした。
町内に到着すると、店らしい店もなく、人っ子一人歩いていない。
もっとも、重伝建の町並みって、午後4時を過ぎたらどこもこんな感じだ。観光バスが来るような時間が終われば、あとは効率が悪いので土産物店も閉まってしまう。
だが、吹屋の町並みに関しては、ギラギラした土産物屋やギャラリー、あるいはカフェになっている家の割合は多くなさそう。中心街の建物の大多数が展示古民家かしもた屋のようだった。
閉まっていて、わからないだけか?
いずれにしても店が閉まったことによって、より古いうち捨てられたような町並みのイメージが強調されて、いい感じになっていた。
この町は、江戸時代から続く銅山を中心として鉱山町で、特にベンガラの生産地として名をはせた。
ベンガラとは、レンガ色の顔料で酸化鉄を原料として作られる。用途としては磁器の絵付けや建築物の装飾である。
この町並みにも赤い土壁の町屋が多く、屋根も石州瓦で葺かれていることから、町全体が赤っぽいイメージだ。
町並みは1本の街道に沿って続いており、構成としては宿場町といっていい。
家並はほぼ途切れずに400mほど続いており、この種の宿場町としてはかなりレベルが高いほうだと思う。
町並みはほとんどが格子戸を閉ざしていたが、そのなかで1軒の理髪店が営業していた。
なんとこの理髪店は金曜日にしか営業しないのだという。この日はたまたま金曜日だった。
むかし懐かしい理髪店だ。
もっとも、これがむかしから続いて残った理髪店なのか、それとも観光を当て込んだベンチャーによる再開発なのかはわからない。
こういう理髪店、観光地以外で見かけると思わず写真撮りたくなってしまうよね。
町並み全体が赤っぽく見える。
しっくいにベンガラを練り込むだけでなく、格子戸もベンガラで真っ赤に塗られている。
馬繋ぎか?
ありがたいことに、こんな遅い時間でも食堂が一軒だけ開いていて、蕎麦定食を食べた。きょうの夕飯である。
食事を終えて、町並みに出てみるとあたりはすっかり暗くなっていた。
外灯が点々とともる町並みの風情もなかなかだ。
金曜営業の理髪店にはまだ電気がついていた。
中途半端な時間帯からの訪問になってしまったが、吹屋はそれなりの観光地だから、自分の意志とは関係なく、いつかまたに来ることがあるかもしれない。
きょうは事前に高梁市内の公共の宿を予約してあるので宿の心配はない。2年前のGWに高梁市に泊まれなかった反省で、今回は早めに宿を取っていたのだ。
と、いうことはいよいよ明日は、2年前にかなわなかった備中高梁観光ということになるのだ。
(2003年05月02日訪問)