星尾川の最上流の集落へ向かう。集落の名前は
このエリアには星尾風穴や線ヶ滝といった観光地もあるのだが、今回は移住地探しだったので立ち寄らず、家々を見ていく。風穴と滝は後日紹介することになるだろう。
星尾集落から星尾川を少しさかのぼったところに目を見張るような風景がある。
僅かな平地に建築物が張り付くように建つ急斜面は中国の望仙谷みたい、と言ったら大げさすぎるかもしれないが、つまり桃源郷の風景なのだ。
集落へ入っていこう。
集落を見おろすように、立岩という奇岩がそびえる。
出し梁/出し桁のバルコニー部分に細かい柱が目立つ家。
屋根の重量を支えるためではなく、蚕具や食材などを干すのに使うのかもしれない。
煙出し櫓を載せた木造3階の養蚕農家。
3階へは外階段から入るようになっている。こういう造り初めて見たが考えたな。2階を養蚕スペースとして少しでも広く使おうとすれば、階段が邪魔になるので外に出したのだ。
でも見た感じ、架構は和小屋だと思うので、3階での作業は束が邪魔で大変だったのじゃないかな・・・。
この家の大棟の鬼板は非常に精巧。材質は銅板かな。
「水」の文字と雲や波を笑わす装飾は火事除けを意味するものだ。
さらに村の奥へ。
急坂を登っていく。
この家の裏の道には岩が取り除かれずに残っているのだが、そこに生えている植物がまるで庭みたいに美しい。
自然の状態でこんなになるのか。それとも住人が選抜した結果なのか・・・。
また鬼板に「水」の文字がある家があった。屋根の色が水色なのもさっきの家と同じ。屋根の色にもまじないの意味があるのだ。
この家は2階の床からガードレールに橋を掛けている。
養蚕をしていた時代には道路から桑や蚕を搬入できたのだろう。
蔵には「永」の鏝文字。土蔵は鞘屋根で、火事になっても屋根だけが燃えるようにしている。
水色の屋根の家は畑をきれいに作っている。畑がちゃんと維持されているのっていい風景だなぁ。
大上集落のいちばん奥の家並み。
空が広い。
いま車はこの先の滝までしか行けないが、かつては奥の稜線を越えて佐久の内山方面へ抜ける峠道があった。内山からは中込や岩村田、小諸に近道だからから便利な道だったのではないか。そのせいか、行き止まりの集落という雰囲気はない。
複雑に増築を繰り返した家。
昔の養蚕農家で、このように2階の外回りが雨戸でなく障子の家をけっこう見かける。雨戸をはめる1本溝に障子をはめる運用なのか。
おそらく障子では冬場はすきま風が酷いから2階は物置くらいにしか使えないだろう。
(2011年07月09日訪問)
