茅原の火の見櫓跡

魚の骨に鉦鼓が付いた火の見櫓だった。

(群馬県みなかみ町須川)

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茅原の洗い越しを紹介したついでに、少し古い話しをしたい。

洗い越しが旧三国街道だったのだろうと書いたが、平成3年(1991)のGWにも私はこの旧道を辿っていた。

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そのとき旧道沿いのこの場所で、古い火の見櫓を見た。

そのころはフィルムカメラの時代で、ライフログ的に風景を撮りまくることはできなかったが、最近、偶然にそのときに写した写真が出てきた。

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それがこれ!

ハシゴ半鐘とでもいうのか、ハシゴ鐘鼓とでもいうのか、とんでもない風情の火の見櫓だった。当サイトでは「魚の骨」と呼んでいるタイプ。

写したのはリバーサルフィルムだったので、発掘できたのは偶然にすぎない。むかし撮影したネガやポジフィルムは梅雨の季節にミャンマーに2ヶ月行っている間、自宅を閉め切りにしていたら全てカビてどうしようもない状態になったのだけど、スキャンしてPhotoshopで簡単にカビ汚れを消してある。

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柱は栗の木かもしれない。横木は大して持たないだろうから数年で交換が必要だろう。年代判定はまったくわからないが、もしかしたら昭和前半くらいまで行くんじゃないだろうか。

この火の見櫓が実用として造られたのか、それとも、観光目的のオブジェなのか判断できず、撮影したときも困惑したのを覚えている。

いま改めて写真を見てみると実用として造られた可能性のほうが高いのじゃないかという気がする。県北にはハシゴ半鐘というタイプの実用の火の見櫓がけっこうあり、それの一種なのではないか。

非常にフォトジェニックな火の見櫓だったが、露天木造という性質上、どうしても21世紀までは残らなかった。それは仕方がないだろう。

(1991年05月01日訪問)