家畜としての牛を供養する「鼻ぐり塚」があることで知られている。
道路にも「鼻ぐり塚」と看板が出ている。
駐車場にはお焚きあげ場があり、吹き放ちの信徒休憩所のようなものがあった。「ようなもの」としか言えないのは、福田海が寺でも神社でもないからだ。
福田海は明治33年頃、中山通幽という人が始めた新興宗教。修験道の一種と考えてよいだろう。『宗教年鑑』では仏教の「その他」に登録されているようなので、一応ここでは寺ということにしておく。
これは
長床の横にある食堂。
境内は谷になっていて、子院のような塔頭のようなものが谷の奥のほうへ並んでいる。
お目当ての鼻ぐり塚がどこにあるのかわからず、探して谷に続くを登ってみた。
境内には建物が多い。
何だろう、地蔵堂かな。
地蔵堂の背後にあったお堂。
谷の奥は霊園になっている。その入口にあった多宝塔。
鼻ぐり塚は山のほうにあると思って、かなり登ってたがそれらしきものは見つからない。
全身汗びっしょりになって探していると、墓参の人がいて鼻ぐり塚は庫裏の裏にあることを教えてもらい、山を下る。
改めて、福田海の中枢施設「中堂」へ。
周囲の石塔は行基の説く弥勒四十九ヶ院浄土説法にもとづくものだ。とても緊張感のある空間だ。
鼻ぐり塚ばかり気にしていたが、実はこの中堂が福田海で最も見ごたえのある空間だ。
中堂の山側に巨大な錨が置かれている。
中堂に面した建物。
一般のお寺でいうと方丈とか書院に相当するような建物だと思う。
境内には墓参りの人をのぞけば、まったくひと気がなく、勝手に参詣していいのか不安になってくる。でも鼻ぐり塚の入場料は100円と明記されているのでだぶん大丈夫なのだろう。
なお入場料には護摩木が1本ついてくるのですごくお得といえる。
庫裏の前を通って裏手に進むと途中に高麗寺仁王門跡などという看板があった。鼻ぐり塚のあたりには別の寺があったのだろうか。
鼻ぐり塚付近にあった小堂。
これが鼻ぐり塚。
もともとは古墳だったようだ。鼻ぐりとは牛の鼻輪。供養のため全国から集められた鼻輪の数は600万個を超えるという。
おびただしい鼻輪に圧倒される。中までぎっしり詰まっているのだろうか。
「ウルトラマン
(2001年05月01日訪問)
