津山城の西側の平坦地は現在、行政の中心地となっている。城下町においてそうした行政地区はだいたいが上級武士の屋敷街だった場所である。
そのエリアを自転車で走り回ってみた。
こちらは田町を代表する武家屋敷である太田家。
太田家は個人の住宅のため、見学はできない。
歴史的な商家街はカフェや土産物屋として内部を公開していることが多いが、武家屋敷街というのは元々が住宅であるためしかたがない。
こちらは太田家のひとつ南の通りの屋敷。
敷地が広く、上級武士の屋敷だったのだろう。
周囲の地割りは南北に揃っていて、一見すると碁盤の目のようだが、よく見るとところどころでT字路の突き当りになっていて、東西南北を完全に見通せる道は少ない。
こちらは太田家の西側の南北の道で見かけた武家屋敷。
津山市の武家屋敷は長屋門が多く残っているのが特徴ではないかと思う。
太田家のひとつ南の通りを西のほうへ行ったところにあった武家屋敷。
地味ではあるが、こうした屋敷が実は残りにくいのだ。
そのさらに西で見かけた長屋門。
さらに西へ行った細工町という地域で見かけた長屋門。
いまのところ津山市の武家屋敷街は、町並みを修景して観光資源化するというほどは手が入れられていないようだ。
私はあるがままに時を経ていく町並みが好きなので、こうしたうっすらとしか見えない城下町のほうが、映画セットみたいな町よりも好ましく思う。
(2003年04月29日訪問)