ダッチャイッ村(?)の小学校に掲げられていた地図。学生たちが自作した村の地図なのだろう。
東西に延びる長い道が今回探査しているチャウタロゥ・ティンゼィ街道。地図中央やや左の赤い建物が学校だ。学校から南へ伸びる道の先に、ダッチャイッ洞窟寺がある。
そして気になるのは街道の西端、ドンタミ川で終わっているように描かれている地点。普通に考えればこの場所に渡河ポイントがあるはずだ。
さっそく地図にあった場所へと向かう。
道は狭くかなり荒れてはいるが四輪自動車が通行していると思われるワダチが続いていて、この先にも何かの用地があることを物語っている。
やがて道は下り坂になり、ドンタミ川の河畔に到着。
河畔には小さなパゴダが建っていた。
ところがパゴダから先に進むと、道は急に消滅してしまった。
細い道が川岸まで続いていて、小さな舟があるが、四輪車はおろかオートバイすら渡河できそうにない。
一応対岸にも桟橋のようなものが見えるので、ここが渡船場であることは間違いなさそう。
だが川岸は粘土が溜まっていて、舟に着く前に足首までめり込むであろうし、オートバイなど押して進もうものならハマり込んで抜けなくなる可能性すらある。
ボートも小型でオートバイを載せるのは無理そう。
しばらくぼう然としていたら、村の若者が数人やってきて「渡りたいのか?向こう岸に連れてってやる」というようなことを言いはじめた。英語も通じないので、複雑な会話はできないのだが、こちらとしてはオートバイを対岸まで渡せなければその先が困る。
彼らの提案は辞退したが、一緒に記念写真を撮ることになった。この渡船場に外国人が来たのは初めてだろうし、たぶん今後も来ることはないであろう。
結局、ここでもドンタミ川を渡河できそうにはなかった。
この付近に渡河ポイントがないとなると、さらに上流の村を捜索しなければならない。タトン山脈東麓の調査はまだまだ先のことになりそうだ。
渡船場の入口にあった何かの精霊棚みたいな工作物。
たぶん、そのとおりのモノではないかと思う。
こちらも何らかの工作物。
もう少し頑丈であれば物干しかとも思うが、かなり華奢にできていた。
(2016年12月25日訪問)