半日時間が空いたので、再びカァヨン山方面へ来てみた。実は、先週カァヨン山瞑想センターまで行ったとき、南側に見えた小山に寺ができていることに気付いたからだ。
その小山は2015年に南カァヨン僧院として紹介している場所だ。もう一度行かなければ。
寺の入口は狭い農道のような道で、以前に通ったときもおっかなびっくりだった。
それが雨季になればこんな調子。
入口に小さな農家があり、そこの娘さんがオートバイで進もうという私に「ムリだからやめときな!」みたいに言ってる。ミャンマー語だか、モン語だかわからないけど間違いなく、そう言ってる。
でもワダチの跡があったので出来るところまで行くことにした。
でも農家から50mも行かないうちに、乗物で進むのは絶望的だということがわかった。
このまま進んだらスリップして転倒するか、左右の用水路に転落するのがオチだ。
引き返して農家の前に駐車させてもらって徒歩で寺に向かうことにした。
寺までは1km強、普通なら徒歩10分程度の距離である。
それが、1歩ごとにサンダルが泥にめり込んで脱げかけるし、鼻緒に小石が入って足の甲が痛い。かといって裸足になったら踏ん張りが利かずに滑って前に進まないという泥地獄。路肩はなく幅員=泥沼で、ムリに道の外を歩けばトゲのある蔓みたいな草が痛い。
写真を見るとどうということはなさそうに見えるかも知れないが、1歩1歩がまるで悪夢のよう。
結局30分、泥のなかでもがき苦しんでやっと寺が見える場所まできた。
やっぱり寺が出来てる!!
これが2015年に来たときの風景だ。
実はそのときにも崖の途中に洞窟らしい窪みがあることには気付いていて、「いつかこのお寺も整備が進み、この洞窟へ登る階段が作られるときが来るだろう」と書いている。
そらからたった4年で、夢想は現実になったのだ。ミャンマーって時間の流れが日本とは違うのだ。
寺の入口には彩色されたニワトリ。
似たようなものは以前にチャーインポロム僧院で見たことがある。
さっそく参詣しよう。
山門はパゴダを拝む天部の神。参詣目的で入っても大丈夫そうだ。
参詣目的で入って大丈夫かどうかは山門の楽しさで判断できる。
パゴダが見えてきた。
パゴダの形は小パゴダを8基従えた、シュエダゴンパゴダの簡易型みたいな型式。
対になる石柱のタコンタイはシンプル。
質素な僧房があり、どうやらお坊さんが中にいそうだったので声をかけて、お寺の名前を教えてもらった。
「アンタントゥメィ」というように聞こえた。勝手に「アウンタン洞窟寺」としておく。
お坊さんが「あっちに行ってみなさい」というので、崖に沿った狭い通路を進んでいくと、、、
むむむ、、、
やっぱり、洞窟があった!
しかも内部は想像以上に広いホールになっている。
まだ内部には仏像やパゴダは設置されていないが、石段や基壇は作られているので、早晩仏像が置かれるだろう。
ただ、入口の辺りが臭い。動物が死んだような臭いがしている。
足下をみるとタニシの殻が大量に散乱していた。その臭いなのだろう。
どんな動物がタニシを洞窟の入口まで運んで食べたのだろう。鳥かコウモリか。ただ洞窟の中にはコウモリの姿は目立たなかった。
二次生成物はそこそこあるが、グアノで汚れていたり、緑色の苔のようなものが覆っていてあまり綺麗な鍾乳洞とは言えない。
いずれ仏像が設置されるだろう基壇のほうへ入ってみた。
最深部は小さな窪みになっていた。
入口方向を見たところ。
支洞はないが、けっこう立派な洞窟だということがわかる。
ここを洞窟寺院に改装するには、仏像の設置だけでなく、入口付近の貝殻を片づけて腐敗臭もなんとかしないといけないだろう。
この国で洞窟らしき場所を見つけたら、執念深くチェックすることが重要だということを改めて感じた。まだ少し来るのが早すぎたようにも思うが、カァヨン山周辺を再チェックしてみてよかった。
でも、帰路でもまたあの泥の中を歩かなくちゃならないかと思うと涙が出てくる。
よろよろと道の縁を歩いていたら、途中で地元のミャンマー人が後から来て追い越された。追い越し際に「アンタにはこの道はムリだから、瞑想センターのほうへ回れ」と言われた。確かに瞑想センターのほうへ行けそう。そしてその道は路盤もしっかりしていることがわかっている。でも瞑想センター経由でオートバイを置いた場所までは5kmはある。泥の中を歩けば1km。結局、泣きながら泥の中を歩き続けた。
雨季にこの南カァヨン山を訪れる場合は、遠回りになるがカァヨン山の東側からアクセスするのがいいだろう。
(2019年07月13日訪問)