薄根の大クワからは、利根沼田望郷ラインという新しくできた観光道路を通って月夜野方面へ抜けた。三峰山トンネルを抜けて、利根川の河岸段丘を下っていたら稚蚕飼育所っぽいものた見えたので見ていくことにした。
ブロック積み壁構造のうえに軽量鉄骨の小屋を載せたとても大きな施設。あまりにも立派なので、もしかしてコンニャクとかリンゴの集荷場なのでは? と一瞬思ったが・・・
壁面にブロック電床育の飼育所特有の高窓がある。
うん! やっぱり稚蚕共同飼育所だった。写真を撮っていこう。
地下室の明かり取りの窓と換気扇。稚蚕飼育所だったことの裏付け。地下室があるということは、桑の葉を使った飼育だったのだ。
立派な建物なので人工飼料育かもと思ったが、見た目に反して以外に古いのかもしれない。
地下室への桑のシューターか?
あとで調べて見たら、この施設の名前は後閑稚蚕共同飼育所。
昭和40年に、84室のブロック電床育の飼育所として竣工。昭和46に、18室を増築した。この折り板屋根の部分が増築分だろう。
増築後には102室の飼育所となり、1,020箱(約2千万頭)の蚕を掃き立て出来た。大規模な飼育所だった。
現在の県北の養蚕農家の数からすれば、これほどの巨大施設は必要なく、おそらく使われていないと思われた。
いまも綺麗になっているので倉庫かなにかに使われているのだろう。
宿直室側の妻には天井裏に採光する装飾がある。稚蚕飼育所で機能以外の装飾があるのは初めてみた。
フランクロイドライト設計の自由学園明日館みたい、なんて言ったら大げさすぎるか・・・。
春の訪れが遅く、他の地域より養蚕の回数が少ない県北でもこんな巨大な飼育所が造られたという歴史は覚えておかなければいけない。
よく写真を撮っておこう。
住んでいる様子はないし、生活する家というより別邸か何かなのだろう。庭はそこそこに手入れされている。
(2010年10月23日訪問)
