友人と菅谷館跡に来たのはどちらかといえばオマケで、本命はこちら、稲荷塚古墳。
菅谷館跡から国道を挟んですぐ北側にある。
南側に石室が開口しているのだが、そのすぐ前まで住宅になっているという圧迫感のある石室配置だ。
かつて墳丘上の稲荷社があったので稲荷塚古墳の名前がついたという。
看板に石室の図面があるのだが、極度にわかりにくい。
左上の雪だるまみたいな図形は、石室の平面図と思われる。羨道は失われているがいわゆる複室墳である。それぞれの部屋の壁が湾曲していて、平面が円形なのだ。
下の図は、修復前の崩落した石室の側面図だろう。それがわかりにくさにつながっている。復元工事用の側面図を載せてほしかった。
石室前。
おそらく土地の傾斜に沿ってもう少し前方まで墳丘があったのが削られたのだろう。羨道部分が完全になくなって、崖に前室が直接開口している。
手前の前室は復元。天井石も載せ直したのだろう。
玄門から奥が旧態なのだが、柵があるため中に入れず、遠目に見るだけ。
周囲は住宅街だが、古墳の北側の農道に駐車できる。
(2026年01月21日訪問)
