次なる磨崖仏「伽藍石仏」は場所がわかりにくく山の斜面を開発した新興住宅地みたいなところに迷い込んでいるうちに、磨崖仏の裏口みたいな場所に出た。
水道施設の横に車が降りられる道があり、そこから磨崖仏前の広場まで乗り付けられる。たぶん、表口側からは道が狭くて車は入れないと思う。
「伽藍石仏」の名前は、この地にかつて寺院があったことに由来するという。実際、寺があったのだろうちう雰囲気は感じられる。
磨崖仏は森の中にあり、3つの穴からなっている。これまで見てきた磨崖仏にあったような覆屋はなく、自然の姿のままだ。
この崖は岩屋寺石仏のある崖の並びなので、岩がものすごく柔らかい。この状態ではどんどん風化していくだろう。
「凝灰岩」というより、「締まった火山灰土」という感じで、息を吹きかけただけでサラサラと砂がこぼれ落ちそうな、そのくらいの危うさ。
思わず「これはあかん」という言葉が口から漏れてしまった。磨崖仏を造るべき土質じゃないのだ。
覆屋を造らないのも、手の施しようがない状態だからなのか。
案内板によれば、光背ごと形をとって、身体を光背から彫り出す手法が鎌倉時代にこの地方の特徴なのだという。
左側から見ていく。
こちらは祭壇が残っているだけで仏があるのかよくわからない。
真ん中の穴は中央に座像があるのがわかる。
案内板によれば阿弥陀如来とのこと。
左側の穴も阿弥陀如来を中尊とした、勢至-阿弥陀-観音三尊と、石室の入口に多聞天、不動明王が刻まれているけれど、看板の案内がなかったら何なのかよくわからない。
これまで見てきた磨崖仏は、どれも史跡の扱いだったが、元町石仏とここは花が手向けられていて、信仰の対象になっているのがいい感じだ。たぶん毎日花と水をあげている人がいるのだろう。
磨崖仏の横には地蔵堂がある。
裏口から来たからか、地蔵堂も裏側から裏側から参拝。
地蔵堂の正面。
もしかしたらこの石仏はかつては磨崖仏の穴の中に置かれていたものなんじゃないか。
(2012年03月26日訪問)