長生町の揚水水車群

数基の揚水水車が並んでいる。

(徳島県阿南市長生町北門)

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揚水水車とは、川や用水路の水流のエネルギーを利用して、水位の高い場所へ水を移動するための水車のことである。

過去に岡山県の旅で多くの揚水水車を紹介しているが、徳島県での紹介はこれが初めてになる。場所は阿南市の日亜化学本社から南東へ1kmほどの長生(ながいけ)町の田んぼの中。

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その用水路に手作り感満載の揚水水車が並んでいる。

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この一帯にはあきらかに揚水水車の設置跡と思われるものが7~8ヶ所はあるのだが、この年、水輪(みずわ)がかかっていたのは3ヶ所である。

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上流側から見ていこう。

この水車は写真中央の水受けに揚水して、写真右方向へ水を送っている。

つまり、右側の車道の下にパイプが通っていて道路の反対側の水田に水を入れているのだ。

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柄杓に入った水はT字型の樋に落下し、、、

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導水路へ流れ込んで、、、

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車道を横断して反対側の水田へ導かれる。

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ちょうどその水田では田植え直後で、補植作業をしているところだった。

田んぼの真中に緑色の島がある。これは当サイトでは「タシマ」と呼んでいるもので、吉野川の藍作地帯で高密度に見られるものだ。基本的には墓地と考えていいと思う。タシマについては『阿波國すきま漫遊記 第14話』で書くつもりだが、県南ではほとんど見た記憶がなく、もしかしたらサイトで紹介できる唯一のものかもしれない。

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2つ目の水車。

こちらは左側の水田へ水を入れている。

ただ、この時点では樋がずらしてあって、水を止めてある。

それでも水輪は廻りっぱなしだ。

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水輪は竹の蜘蛛手に板を取り付けた構造。水を入れるひしゃくは食品などの空き缶。

水車大工が板に複雑な角度でホゾ穴を切って作った美麗きわまりない水輪と違って、身近に手に入る素材だけで作られている。

個人的にはこういう手作り感のある実用的な水車が一番好きだ。

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もちろん水車大工が作る木造水輪はそれ自体が芸術品のような美しいものだが、現代においては経済性が見合わないと思うのだよね。

木造水輪を新規に発注したらいくらかかるのかわからないけれど、たとえば20万円くらいかかるとしたら、「ポンプでいいじゃん?」ってなってしまいそう。

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もしそうした経済性度外視で美しい水輪を発注するとしたら、営みとしての農業とは違う趣味の世界になってしまうし、あるいは、補助金で生まれたゾンビ的な物件の匂いを振りまくことになるだろう。

個人的には、やっぱり必要の中でプリミティブに作られる水車や水車小屋に魅かれてしまうのだよね。

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ただこの水車とて、多少の大工仕事の覚えがなければとても設置できるものではない。

もしかしたら大工さんが作っているかもしれない。

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これは水車が設置されていた跡にポンプが設置されている場所。

つまりここでは、水輪を作り、保守の手間や時間をかけて無料で水を酌むよりも、電気代を払ったほうが合理的と考えているのかもしれない。

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水輪の痕跡はたくさんあるが、ここはまだ軸受けが残っている。比較的最近まで使われていただろう。

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石仏がが並ぶ風情のある場所。

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その石仏の背後にも電力式のポンプが沈められている。

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最も下流にある水車。

これも車道の反対側へ導水している。

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しびれるよねぇ、こういう観光的要素ゼロの実用水車って!

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規則的な水音を繰り返す単調な動きだけど、時を忘れていつまでも見ていられる。

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ところで、この場所にたくさんの揚水水車があるからといって、阿南市は水車の多い地域なのかというとそういうわけではない。

この用水路の上流や下流には水車はないし、私の探しかたが悪いのかも知れないけど、阿南市の他の場所にも揚水水車は見当たらない。

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この用水の水利組合が特別に水車を許しているだけで、基本的に水車の設置はできないのかもしれない。

あるいは無いと思うから見つからないだけで、根をつめて網羅的に探せばまだまだ阿南市には揚水水車があるのか・・・。

この年見られた3つの水車をまとめた動画。

(2003年05月10日訪問)

九州水車風土記

単行本 – 1992/10/1
平岡 昭利 (編集)

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