市野川の合流点付近に、
この付近には江戸時代に荒川の河岸場、
東大塚で見かけた寄棟2階の古家。農家というより商家っぽい建物だと思う。
ただこのあたりは自然堤防で、河岸場ではなさそう。
自然堤防の左岸に鳥羽井用水が流れる。
ちょっとだけ風情のある場所だ。
鳥羽井河岸の案内板を発見。
かつては川越藩の年貢米を搬出したり、江戸からの肥料などを荷揚げした場所だったという。
鳥羽井河岸は現在の市野川の左岸あたりにあったという。
地図に示される鳥羽井河岸は堤外地になる。
地図の場所を実際の風景に書き込んでみた。
荒川の河岸の多くは左岸であり、右岸の河岸というのは貴重。左岸は段丘崖、右岸は氾濫原だからだ。
長年の河川改修でかつて河岸があったというあたりにはまったく面影がない。
ただ、大塚橋を渡って北へ続く道は古くからあった道で所々に人の営みの跡が残っている。
この畑の一角には石祠がある。
草刈りのときに間違って傷つけないように目印のポールが立てられている。
碑面は激しく風化していてもうなんだかわからない。
川島排水路付近には庚申塔がある。
ここが単なる河川敷ではなく、昔から人の往来があったことを伝えるものだ。
笠付き、額縁付きの立派な石仏。
青面金剛は脚部だけ丸彫り。
左手にはショケラ。
三猿はやけに抽象的。
川島排水路のほとりにはなぜか垣根つきの地蔵尊。
雨風をしのげるようにしているのだろうか。
(2025年09月11日訪問)
