金蔵院毘沙門堂の東側に共同墓地がある。
名前は「毘沙門墓苑」。金蔵院の墓地だからそういう名前なのではない。このあたりの小字が「毘沙門」なのだ。
この墓地の管理費や護持費などは金蔵院には入っておらず、たまたま横に墓地があるだけだろうと思われる。
墓地の東側の農道に石仏があった。
左側はおそらく地蔵菩薩。
右側は風化が激しく確認できなかった。
お堂があるので一応、お参りしていく。
入口を入って右側に六地蔵宝幢。
植え込みに盆花がたくさん挿してあった。何かの風習か?
敷地の中央には1間四方の宝形のお堂。
カギがかかっていて内部は見えなかった。当サイトではこうしたお堂を「野辺堂」と呼んでいる。(造語)
ほかに、コンクリートで造られたベンチのようなものがある。
これ、野辺の送りをやるときに棺桶を置く台として使えそう・・・。
墓地の由緒が書かれていた。
この墓地の墓すべてが元々どこにあったのかはもはやわからないが、昭和62年にこの場所の沼を埋め立てて地盤をかさ上げして近代的な墓地にしたということだ。
その際息障院の住職が墓地の造成の監修をしたという。
新しい墓地だが、無縁仏も少しあった。
青石の板碑を含んでいる。
それ以外の墓石はすべて新しい。
地表も土間コンが打ってあり、雨の日でもぬかるむとといったことはない。
墓地は道路から70cm、田んぼの地表からは1mほどの高さがある。
水害時に唐櫃に浸水しないようにしてあるのだろう。
(2026年05月05日訪問)
