祥雲寺。一関市街の南のはずれにある。先ほど見た願成寺とは小さな谷を挟んで隣り合っている。裏山の霊園のほうから境内の駐車場に車を入れることが出来たが、一応山門の外まで出て参詣し直した。山門は棟門。
やはり山門のほうから入らないと、その寺本来の雰囲気がわからないからだ。(参道の雰囲気だけが取り柄っていう寺もあることだし。)
境内は左図のごとし。
田村記念館というのは、一関城主田村家の資料館である。入館料は300円だが、見なかった。
参道前の小道は、松尾芭蕉が通過した道だという。
本堂。寄棟で小屋の小ぶりな質素な田舎の寺という感じの建物。
その右側には玄関、庫裏。
本堂の左側には鐘堂がある。
伽藍配置図では“祠堂"と書かれている堂。位牌堂であった。
その前(写真の右端)には小さな地蔵堂がある。
保性院廟。
RC造だがシルエットは綺麗だ。だがやはり垂木のない堂はどうも許せない。
先ほど見た願成寺の不動堂と同じ業者が施工したのではないか。
境内の左のほうに経蔵がある。
修復工事中だった。実はこの寺の経蔵は3日目の旅の最大の楽しみだったのだが、よく見えず残念。
土蔵造で、高さは二階屋くらいある大きさの堂で、もしかしたら内部に何か…と、淡い期待を抱かせる外観なのである。
ただ、たとえ工事をしていなくてもいつでも内部が拝観できるかどうかは非常に微妙。
重い観音開きの土蔵の扉を開くと、さらに施錠された地蔵格子の格子戸があって、中に入ることはおろか、のぞくことすら困難。
地蔵格子のすきまからデジカメをねじ込んで、でたらめに写したのを合成したのが写真。内部は普通の立派な輪蔵であった。
色鮮やかな
下の方には賽銭箱があるし、床は安物の人工芝みたいなものが敷いてあるからまったく人を入れないというわけではないのだろう。
珍寺大道場の小嶋氏によれば、輪蔵は資料館を拝観すると案内付きでカギを開けてくれるそうである。
傅大士は、輪蔵を考案したとされる中国の僧。
以前に岡山で見た像もそうだったが、リアルな造形で極彩色に塗られている様は少し道教のような雰囲気もただよう。
左右にいるのは、傅大士の息子たち。
こちらはおそらく普建童子。読み方は「ふげん」?「ふけん」?
童子といっても、子供なんだかオヤジなんだかよくわからない‥‥ヘンな像だ。
こちらはおそらく普成童子。読み方は「ふぜい」?「ふじょう」?
一般にこの二童子はこのように笑っている造形のものが多く、笑仏(わらいぼとけ)と呼ばれる。
経蔵の奥には長谷観音堂がある。
やはり観音堂とくれば鳥居。しかも青緑に塗られている。
そう言われてみると、いままで赤や朱以外の色で塗られた鳥居って見たことあったろうか‥‥。
長谷観音堂は杉木立の中にある。
扇垂木、円柱で唐様のしっかりした建物。屋根は新しいが建物自体は古そうで江戸の前期くらいまで行きそうな感じ。
鐘堂は山の斜面を造成したような場所にあった。
(2001年08月13日訪問)