友人家族らと榛東村で猪垣を見学したあと、友人が稚蚕飼育所っぽい建物があるというので、妙見さま(妙見寺)の参道へ行ってみた。
みたところ、目的の建物は稚蚕飼育所ではないようだったが、せっかくなので妙見さまへお参りしようということになった。
この寺の参道には、妙見茶屋という和菓子店があって、酒まんじゅうが名物。酒まんじゅうにもいろいろあるなかでは好きな味だ。
この寺に参詣するのは、うん十年ぶり。
寺の後ろ側は上野国分寺の敷地であり、この妙見寺も古い寺とされている。話によれば、続日本紀にも名前が登場するといい、伝説では8世紀前半に創建されたという。現在は天台宗。
石門を入って進むと、左手に金刀比羅権現(鎮守社)がある。
正面には妙見堂があるのだが、その参道部分に単管でできた柵があり、釣り灯籠がたくさんさがっていた。
単管で作られているので、仮設っぽさがぬぐえないのだが、たぶん常設なのだろう。
夜来たら、点灯しているのかもしれない。
石祠があった。
祠内仏をチェックしてみよう。
もう夕方なので、暗くてよく見えない。
デジカメのデータをめいっぱい増感してみた。大日如来ではないか。
参道の右手には鐘堂。
本サイトでは、一階建ての鐘つき堂を「鐘堂」、二階建ての鐘つき堂を「鐘楼」と呼びわけている。この鐘堂のように、基壇がいくら高くても、基壇部分は階とは数えないので、これは鐘堂になる。
だが、鐘堂としてはかなり巨大な部類だ。
意匠は折衷様式だが、天竺様の挿し肘木が使われている。
また、撞木が左右に2本あるのが特徴的。左側は機械仕掛けの自動撞木で、右側は除夜の鐘などで人が搗くときの撞木なのだろう。
参道の正面には妙見堂。右の奥に見えるのは本堂である。
参道の正面に、その寺の本尊を祀った堂があり、法事などを行う本堂形式の堂が後ろにある伽藍配置は、中世以前の寺院を彷彿とさせるものだ。
特にここは国分寺跡と敷地つづきなので、古い時代からこんな伽藍配置だったのではと想像をたくましくしてしまう。
妙見堂の右側には護符売り場。
妙見堂は神社風の建物。
というか、これは神社であろう。神仏混交の寺なのだ。
桟戸が補修されて新しそうにみえるが、軒などを見た感じでは江戸中期くらいの雰囲気。
本堂はRC造。
境内は桜の樹がメインに植えられているので、花見の時季には人でにぎわいそう。
本堂の右のほうに進んでいくと、まず信徒休憩所のような建物がある。
その奥が庫裡。
境内を一周りして駐車場のほうへ行くと、塚があった。
古墳かもしれない。
塚の上には鎮守社があった。
日が長い季節とはいえ、もう6時近くになった。これでこの日の小さな旅はおしまい。
(2012年06月24日訪問)