2008年5月の稚蚕飼育所巡りの途中で碓氷製糸に立ち寄り、外観を見学してから4年半が経過していた。その当時計画したとおり、2009年からは養蚕農家めぐり、2011年からは製糸業めぐりに着手し、そしていよいよ操業中の製糸工場を見学する運びとなったのだった。
碓氷製糸農業協同組合の概略については、前回の記事で説明したので省略し、今回は碓氷製糸の建物内の「見学コース」についてレポートする。
さてその見学コースだが、結論から先に言うと少し残念な内容だったと言わざるをえない。それぞれの施設での見学時間が少なく、見学者が「いま自分が何を見るべきか」に気付く前に次の場所に移動してしまい、質問もできないような状況だった。なにしろ私も含め見学者のほとんどは製糸を初めて目にするのであるから、ひとつひとつじっくり見なければ理解できないのだ。(それとも理解できなかったのは私だけで、同行者は納得していたのか?)
興味のある場所で立ち止まって見ていると置いて行かれてしまい、ガイドさんの解説もところどころ聞くことができなかった。よって以後のレポートは、ガイドさんが話してくれた内容ではなく、見学コースで私が目にした設備等を(想像も含めて)勝手にレポートするものだ。
私なりに全力で観察してきたつもりだが、あとで思い返せば、「あそこではあれを見ておくべきだった」というところがいくつもある。この記事が、これから碓氷製糸を見学するという人の予習にもなれば幸いである。
正門前に集合した見学者たちが最初に向かうのは荷受け場。
各地の農協や養蚕農家が繭を納品する場所である。写真の右上のほうが駐車場になっていて、建物の2階にある車寄せから搬入するようになっている。これは碓氷製糸が傾斜地に建っているという理由もあるが、次の工程である「乾繭」の機械が大型で2階から繭を投入する構造になっているからである。
荷受け場の内部。体育館のような広大な空間だ。
繭は生きたまま碓氷製糸に搬入される。これはつまり、1年に数回ある飼育期間の一時期に、いっせいに繭が納入されるということであり、バッファとして広大な空間が必要なのである。
そうは言っても、全盛期から比べれば養蚕農家は減っており、もはやこの空間が繭で満たされることはないのかもしれない。
各地から集荷された繭の「繭検定」の成績表(拡大)。
たとえば表の左上の「大谷」という地域で生産された「
奥に見える白い布袋は「
繭袋は、流通の過程で共用されているので、かつて存在した製糸会社や製糸組合の屋号が墨書されたものがいまでも循環している。興味深いアイテムである。
これは繭の不良を検査するための道具「
繭を作る途中で蚕が死んで、体液で内部が汚れてしまった繭を見つけるために、ライトテーブルになっている。
奥側に繭を置き、手前側にチェックの終わった繭を落としていく。角の三角形になっている部分には、検出した不良繭を入れておく。
手前の赤い装置は、
奥の緑色の機械はやはり繭かき機で「まゆエース」という名前のもの。「マユクリン」と「まゆエース」は現代の養蚕農家で使われている繭かき機のツートップだ。マユクリンは関東で、まゆエースは関西でよく見る気がする。
右側の青い機械は毛羽取り専用の機械。
フカシロ式の繭かき機。沼田市にあった蔟メーカーの機械。見た目はシンプルだがとてもよく工夫された多機能な機械だ。フカシロ式の蔟は長野県でよく見かける。
繭かきの機能をオミットし、毛羽取り機として使っているようだ。
ここだけで毛羽取り機博物館でも作れそうな勢いだ。なぜこんなに毛羽取り機が集めてあるのか。もしかしたら、各農家が使っている毛羽取り機が老朽化して、綺麗に毛羽が取れていない繭が入庫するのかもしれない。
これはおそらく、繭を自動的に切開する機械。繭切り機とでも言うのだろうか。
検定でサンプリングした繭について、内部で異常死している個体の数を数えるために使われるのではないかと思う。
ここまでの写真で、同行者たちがほとんど写っていないのは、繭かき機コーナーに夢中になっているうちに置いて行かれてしまったためである。迷子にならぬよう、走って次の建物へと向かった。
次の建物は「
乾繭場に到着。
荷受け場から乾繭場へはベルトコンベアで繋がっており、繭は繭袋に入れられたままコンベアに載って移動してくる。
乾繭場自体がひとつの工場の規模だ。かつては乾繭工場だけで独立して建設されることもあった。実際、私が前橋に住んでいたときに通った中学校の隣の敷地は、三重県の亀山製糸の乾繭工場だった。群馬県で繭を買い付けて乾繭してから三重の繰糸工場へ輸送していたのだろう。
この木造の棺桶みたいなものが、乾繭機への繭の投入口である。
乾繭機は家ほどもある巨大な機械で、上部から投入された繭が多段式の金網状ベルトコンベアで移動しながら高温で乾燥し一階から取り出される。
巨大な装置が建物いっぱいにおさまっているのがわかる。
3台あるうちの最大の乾繭機は、株式会社大和三光製作所の「大和式熱風乾燥機」ではないかと思う。現在は使用されていない。富岡製糸場の乾繭機も大和式である。
2番目に大きな乾繭機。日本乾燥機株式会社製の「新田瑞式熱風乾燥機」とある。バンドの段数は10段。
やはり投入口は2階にあり、この写真は1階の取出口。
この機械も現在は使われていない。
現在使われている乾繭機は小型のもので、2階の床にある穴から投入するようになっている。
1階の様子。小型といっても1階の床下から天井まで届く大きさの機械である。装置の製造メーカーは確認し忘れた。
乾繭は繭の保存のために行うのだが、高温で長時間処理するため、繭を作るタンパク質が結晶変化を起こし、生のままの繭から作るよりも光沢のある生糸になるという説もある。
乾繭機から取り出された繭はベルトコンベアに載って集められる。
そのベルトコンベアは1階の天井を這うようにして移動したあと、2階に向かって移動する。
2階でベルトコンベアの行く先を追うと、さらに3階へと送られていて、その先は繭倉庫になっている。
右が乾繭場、左の青い建物が繭倉庫である。
ベルトコンベアは中央の斜路を通っている。
過去に碓氷製糸を見学した人のブログを見ていると、繭倉庫の内部を見学しているレポートもあるのだが、今回はまったく見せてもらえなかった。
繭倉庫の外観は、窓のない腰折れ屋根の建物で、おそらく木造の3階建築であろう。
ここはぜひ見学コースに入れて欲しかった。
繭倉庫の内部で、繭は繭袋に入って品種や産地ごとに並べられているはずだ。
取出口は1階にある。左写真の左奥になる。
おそらく倉庫の内部にはホッパーのような機構があって、繭を1階に落として集めるようになっていると思われる。
ここから取り出された繭は、またベルトコンベアに載せられて写真右方向に移動していく。
ベルトコンベアの先にあるのは選繭場。選繭とは不良品の繭をはねる作業だ。
繭のチェックは、(1)農家での繭かき時、(2)農協での集荷時、それと(3)繭倉庫からの出庫時の3回行われていることになる。
不良品の繭が繰糸機に投入されると、生糸の品質が下がる原因となってしまう。
選繭場に入った繭はホッパーに蓄積され、そこから一定量ずつコンベアに取り出される。
選繭はコンベア式のライトテーブルで行われる。
繭の不良品にはさまざまなパターンがある。大きくわけて、(a) 繭糸がすぐ切れてしまう繭、(b) 繭糸がまとめて巻き上がってしまう繭、(c) 汚れている繭、である。
(a)は繭の外観に異常があるもの。玉繭といって2頭のカイコが中に入った繭もこの範疇になる。(b)は繭層が軟らかく透けているような繭。いずれもこれらは農家が出荷前にすべてはじくべきで、ここに来てはいけない繭だ。
(c) のパターンは他の汚れが繭層の表面に付いた「外部汚染繭」と、外観は普通だが内部でカイコが溶けて内面に付着した「内部汚染繭」がある。内部汚染繭はライトテーブルがないと見つけにくいし、農家からの出荷した後に輸送等の振動でカイコの死体が崩れて汚染が顕在化する場合もあり、どうしても発見が遅れがちになる。
汚れた繭が混入すると、生糸の白さが損なわれるため、ここで厳しくチェックしなければならない。
そのほか、繭の表面のシワが極度に不均一だったり、繭の上下が薄いというような、農家ではなかなか気がつかない不良繭の基準も製糸の現場にはある。
選繭が終わった繭はふたたびコンベアに載せられて、繰糸場へと送られていく。
次の見学場所はいよいよ繰糸場だ。
(2012年11月15日訪問)