徳島市の津田町はもともとは沖合の島だった場所だ。今では埋め立てが進んで地続きになっているが、かつて島だったというのは地形をみてもわかるし、少し路地裏に入るといまでも漁村の名残を感じることができる。
津田の沖合は埋め立てが進んでいて木工団地になっている。その木工団地の入り口に細長い津田公園という公園がある。おそらく海岸の砂浜であったろうと思われる場所だ。その公園にタコ山があった。
タコ山と言っても、まだタコの形になっていないご先祖さまの無頭タイプだ。タコ山メーカーの前田環境美術(株)によれば、タコ山はもともとこうした前衛芸術的な石の山として発売されていたものに、自然的に頭がついてタコに変化したのだという。色は前田環境美術(株)のホームページに掲載されている写真と同じなのでオリジナルカラーのようである。
私はこのタイプを見たのは初めてなのでとても興味深かった。
頭部がない以外、滑降部などの構成は一般的なタコ山とよく似ている。
最大の違いは向かって右側の(タコの左肩の)部分にあるアーチ型の通路がないことである。そのため、正面の右側の滑降部を滑るためには、いったん右の通路を進んだのちに、折り返して戻らなければならない。タコ山のアーチ通路の部分は、右側の滑降部へ至るには合理的なルートだが、動線としては面白みがなく、むしろこの原形のルート取りの方が正解だったのではないだろうかとさえ思う。
後ろからみたところ。
頭がないとまったく別のものに見えるから不思議。ひっくり返った急須やアイロンのようなイメージか。
デザイナーが最初に考えたのはおそらく四次元のような不思議な空間で子供を遊ばせるということだったのだろう。いくつものトンネルと滑降部で表と裏、前と後ろ、中と外が一体となったクラインの壺のような不思議な空間。
タコという具象的なイメージをはずしてみるとそれがはっきりと見えてくる。
タコではないタコ山の滑降部の数々。
どれも「ホントに滑れるのか?」と思えるような急傾斜で、しかも突き当たりになっていたりする。
タコ山は誕生したときから、形といい遊び方といい一筋縄ではいかない遊具だったのだ。
(2003年08月17日訪問)