津和野町の町に入ると、西側の山並みの中腹にすごいものが見えてくる。
中腹の神社に登る参道に、おびただしい数の鳥居が並んでいるのだ。
山陰の小京都といわれる古い家並みより、もうね、この鳥居のほうが気になって仕方がない・・・
鳥居の正体は、太鼓谷稲成という神社だった。日本五大稲荷のひとつという。残りの4箇所については諸説あるので一概には言えないのだが、こういうド派手な稲荷神社はときどきあって、五大稲荷のひとつといわれる。たとえば当サイトで紹介している神社では広島県の草戸稲荷なんかがそれにあたる。
殿町通り南詰めの交差点に一の鳥居があり、そこから参道が伸びている。
参道には数軒の土産物屋が並ぶ。
彌榮神社はこの参道にあるのだが、参詣の順番から先に紹介した。
彌榮神社のちょうど裏側あたりに、太鼓谷稲成神社の二の鳥居があり、ここからあの千本鳥居の登山路が始まるのだ。
この麓には総霊社という末社(?)がある。
稲成神社の入り口には、奉納用の供物が販売されている。内容は油揚げとローソクだ。
150円はリーズナブルだと思う。当然、御供物を買っていくことにした。
登山路を下から見上げるとこんな感じ。
すごく大変というほどの段数ではないが、ちょっと息がきれそう。
伏見稲荷の奥社を思わせる光景。
でも、伏見稲荷の奥社参道のすごみは単に鳥居がたくさん並んでいるというところではなく、色々な細かい末社が複雑な配置で点在しているところなんだよなぁ。
この神社の参道は確かに鳥居の密度はすごいけど、シンプルで、鳥居以外なにもない。
鳥居は地面に掘っ建ててあるのではなく、等間隔の穴があいた土台となる材木に刺さっているという合理的な造り。
びっしりと並んでいるので、まるで檻みたいだ。
あれ?もしかして??マンガ『妖怪ハンター・闇の
登山路の途中にあった社務所のような建物。
右側のガラス窓が嵌まった建物には「養老文庫」という扁額があり、中は物置になっていた。
登山路はつづら折りに続いていく。
千本鳥居の笠木の上にはビニールシートが載せてあって、雨の日でも濡れずに歩けるようになっている。
だいぶ登ってきたな。
山頂の少し前に仲見世がある。
やっと山頂に到着。
水盤舎と八脚門の神門がある。
登山口からここまでゆっくり歩いても10分ほど。
神門を入って右側には石垣で囲まれた小山があり、その上に社が建っている。
これが元宮で、江戸時代中頃にこの神社が創建されたときの本殿の場所と思われる。
現在のメインの社殿は、昭和44年(1969年)に建てられたRC造の建物。
山上はきっちりと整備されていて、やたらめったらに油揚げやローソクなどを置ける雰囲気ではない。供物を奉納する場所が数ヶ所しかない。そういうところは大味だ。あまり末社を増やすと奉納された油揚げを回収するのが面倒になるのはわかるが、もう少し、細かい作り込みが欲しい。
ちなみに、千本鳥居の奉納金額は大が15万円、並が3万円となっていた。このくらいの金額だと、祈願してちょっといいことがあれば並鳥居を奉納しようって人はかなりいるんじゃなかろうか。
山上へは車で登る道もあるので、ほとんどの人々は車で参詣しているようだ。
車参道の途中にある大鳥居は遠くからもよく見える。
この鳥居の風景も『闇の客人』を彷彿とさせる。
同作者の『海竜祭の夜』はこの神社の分社がモチーフになってると思われるので、あながちあり得ない話でもないかと。
(2004年05月02日訪問)