2017年のゴールデンウイーク。ウチは自営業で、ゴールデンウイークといってもたいていは仕事をしているのだけど、最終日に少し時間ができたので観光に行くことにした。目的地はみなかみ町のたくみの里。
ふつうに行ってもつまらないので、中之条から県道53号線で大道峠を越えて須川を目指すことにした。その途中に、重文民家の富沢家住宅があるので立ち寄っていく。
富沢家は県道から枝道に入った行き止まりの場所にある。この字、十二原は地滑り地形で、特に平坦な土地があるので古くから開拓できたのだろう。
ところで、県道から富沢家へ登る枝道の周辺には桑畑が目立つ。
富沢家を見おろすカーブに差しかかると、右手に農家が見える。
おそらくここは吾妻川流域の最後に残った養蚕農家だ。
主屋の周囲だけでも50アールほどの桑畑がある。
県道付近にある畑もこの農家の畑だとすれば全体で1ヘクタールに近い面積で、すべての桑を使うとすれば現在の群馬県では大規模な養蚕農家といえる。
この地域の桑の特徴は、仕立てが高いこと。
枝を切り詰めたときの高さが150cmくらいある。
こうした桑の仕立てを「
桑は冬期に枝の先までが完全に雪の下に埋もれると枯れてしまうといわれていて、それを避けるためにこのような仕立てにするとされる。
あるいは、遅霜による被害を少なくするためにも、芽の出る位置を高くしているのかもしれない。
通常、春の最初の蚕を飼育するためには、前年の秋に小枝を残しておき、春にその小枝につく葉を食べさせる「夏切り」という使い方をする。
だがこの畑を見ると比較的最近すべての小枝を落としていて、平野部でいう「彼岸切り」になっている。これが今年だけ何かの都合で春蚕をやらないのか、それとも、例年この使い方なのかは不明。
ちなみにこれは2010年1月にこの地域で撮影した桑畑の様子。
小枝がたくさん残っているのがわかる。
きょうは5月7日で、群馬県の平野部ではもう桑の青葉が伸びているときで、春蚕の掃き立てが始まる時期だが、ここではまだやっと芽が開き始めているという状況。
最初に蚕が飼えるようになるまでは1ヶ月以上はかかるだろう。
こちらがおそらくこの畑の持ち主の農家。
これが蚕室かな。
いつか訪ねてみたい。
富沢家の隣には榛名型の屋根を持つ養蚕農家がある。
寄棟の草屋根の南側に突き上げた窓を作り、天井裏というか2階に採光して養蚕をするという仕組みの民家だ。
この農家の東側の妻は兜造りになっている。
もしかするとこの開口が元々で、南面の突き上げは後補なのかもしれない。
(2017年05月07日訪問)