土室のある倉庫と道を挟んで東側にある養蚕農家。もしかしたらこの倉庫や蚕室はこの農家のものなのかな。
「二つ櫓/左勝手/総二階切妻民家」とでも言えばいいか。妻の土壁や煙出し櫓がとても綺麗なので、養蚕をやめてから一度屋根をやり直しているのかもしれない。
敷地も綺麗になっていてとても勤勉な農家だっただろうことが感じられる。
この農家の裏手には東西に古い街道が通っていて、そこにも見どころのある養蚕農家が並ぶ。
普通なら煙出し越屋根を載せるような大棟にもう1部屋増築しているのだ。
凄い。中どうなってるのか見て見たい。
こちらもおそらく増築したと思われる3階民家。
単に増築しただけでなく、卯建を上げている。養蚕で繁栄を極めた家なのだ。
この農家の主屋の骨格はおそらく明治中期くらいで、3階が増築されたのはそれよりも新しいだろう。
電話番号が20番。新進気鋭の経営者だったこともわかる。
注目すべきは左端に打ってある青いホーローのエンブレム。「碓氷社組合員」と書かれている。碓氷社は明治時代の群馬県を代表する製糸組合で安中市に本社を置いていた。
このエンブレムがある農家は、碓氷社に出資した農家の証しだ。
碓氷社の製糸はおそらくこの家が繁栄した時代には家内制手工業だった。繭は農家で座繰りという方法で生糸にしたあと、碓氷社の事業所に運ばれてランク分けされて輸出されていた。
明治末ごろには鉄道馬車が開通し、鯉沢に器械製糸工場ができ、繭のまま出荷さるようになっていく。
(2012年09月16日訪問)
