金屋稚蚕飼育所の掃き立て

埼玉式稚蚕飼育所の掃き立て。

(埼玉県本庄市児玉町金屋)

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金屋稚蚕飼育所の施設を見学させてもらったときに所長さんにお願いして、1週間後の掃き立て日の見学もさせてもらえることになった。

()()て」とは、蚕が一斉に卵から孵化する日の作業のことであり、転じて、養蚕の飼育の1日目というような意味でもある。

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掃き立ては飼育の初日というが、実際には5月6日には蚕具の準備を終え、おそらく、その後の数日以内に室内のホルマリン消毒を終えている。

また、この日に使用する桑の葉は前日のうちに収穫して挫桑場に広げられていた。収穫した前日は雨天だったため、貯桑場に収蔵せずに挫桑場に広げて葉を乾かしていたのだ。

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昨日の作業で濡れた桑摘籠(くわつみかご)やレインウエアが使わなくなった飼育室に干してあった。

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食堂に貼り出されてたプリントをもとに、春蚕期の稚蚕飼育の全体を読み解いていこう。

飼育する蚕の総量は「123箱」。1箱という単位は地域によって違うので紛らわしい。でも初日(12日)の1箱あたり給桑量 午前100 g + 午後140 g = 240 g という量からして、この飼育所の1箱は2万頭であろうと推測できる。全体で246万頭の蚕を育てることになる。

金屋稚蚕飼育所の蚕の出荷先は、秩父地方をのぞく埼玉県全体と、たぶん、東京都にある数軒の養蚕農家。

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これは蚕の飼育スケジュールを日ごとに表した「飼育標準表」という手順書。用語の意味は次の通り。

  • 蚕箔(さんぱく):蚕を飼育するためのパレット。
  • 蚕座:パレット上の蚕の飼育面積。
  • 蚕座紙:蚕箔の上に敷く清潔な紙。
  • 掃立:蚕に最初の桑を与える。
  • 差替え:蚕箔の位置をローテーションする。
  • 掃き下し:卵を入れてきた容器を抜き取る。
  • 整座:飛び散った葉や這い出た蚕を押し戻す。
  • 拡座:成長にあわせ飼育面積を蚕箔内で広げる。
  • 防乾紙:パラフィン紙のこと。
  • 蚕体消毒:消石灰や薬品を蚕に振りかける。
  • 止め桑:蚕が脱皮に入る前の最後の桑を与える。
  • 眠:蚕が脱皮のために餌を食べない時間帯。
  • 分箔:1枚の蚕箔の蚕を2枚の蚕箔に分ける。
  • 縮座:一度広げた蚕座を狭い面積に戻す。
  • 網入れ:うら取りの準備で糸網を載せること。
  • うら取り:食べ残しや糞を掃除すること。
  • 割り込み:1枚の蚕箔の頭数を調整すること。
  • 配蚕:農家に蚕を出荷すること。
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11日は準備日、19日は後片づけなので、実質的な飼育期間は12~18日の7日間。このことから配蚕は「2齢配蚕」といって、蚕の2眠中に養蚕農家に運搬する方法だとわかる。平成以後は3齢まで稚蚕飼育所で育てて配蚕する地域も多い。また最近では4齢配蚕という方法もあるそうだ。

作業者は8名。所長さんの名前は8名に入っていない。飼育の作業量は毎日均一ではなく、5人でこなせる日と7人必要な日がある。準備と後片づけは全員参加。出勤時間は7:30から。退勤時刻は書いていないが、この日は17:30くらいだった。

教科書では埼玉式飼育所の稚蚕飼育は1日に3回給桑とある。3回給桑は9時、15時、21時なので拘束時間が長くなる。現在では効率化のため2回給桑にして、作業が夜間にならないようにしているようだ。

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さて、ここから実際の飼育の様子を見ていこう。

稚蚕飼育所の施設の紹介ではなく、稚蚕飼育という作業の説明になる。(施設の説明は➡前の記事へ

飼育所内はビニール製のスリッパ履きになる。

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作業をするまえには逆性石鹸の入った洗面器に手を浸し、水洗いする。

稚蚕は病原に対する抵抗力が低いので、清潔を保たなければならないからだ。

また、建物内は全体がホルマリン消毒されているため、室内に入ると残留ホルマリンのツンとした刺激がある。

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挫桑場では天竜式挫桑機(ざそうき)の準備が始まる。

稚蚕は身体が小さいので、葉を刻むことで食べ残しが出ないように適正な量を与えやすくなる。

挫桑機はベルトコンベアとギロチンが合体したような道具で、桑の葉を一定の長さで切断していく。ベルトコンベアの速度を調節することで、刻む幅を変更できる。掃き立て時は1.0 cm、その後は1.5~2.0cmほどに刻む。

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挫桑機から吐き出された桑の葉を、作業単位に合わせてざるに入れていく。

給桑作業で手間取らないように、また、途中で桑が足らないといった事態が起きないようにすべての桑をざるに小分けにして準備する。

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いっぽう、飼育室では蚕箔に卵(=蚕種)が入った封筒を並べていた。1枚の蚕箔に封筒を2つずつ入れている。

蚕棚は天井付近まであるが、小柄な女性では届かないので、中央付近の5段ぶんを使っている。この入れ方でも1室で60枚の蚕箔を使用できる。

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この大型の蚕箔では、2万頭の蚕を2齢の終わりまで飼育できる。

飼育標準表を見ると15日の作業に「分箔」とある。途中で1枚の蚕箔では窮屈になるので分箔が必要なのだ。そのことから封筒1パックが2万頭、1枚の蚕箔に封筒2つで4万頭ぶんを置いてスタートするのだと推定できる。

最初から1枚の蚕箔に封筒1つで始めない理由は、蚕箔を蚕棚から取り出す回数を減らして作業量を軽減するためだと思われる。

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さて、いよいよ掃き立ての開始だ。

封筒が開封される。

蚕の卵は蚕種会社で調整がされていて、稚蚕飼育所に届く1~2日前から孵化が始まり、当日朝までにほとんどが孵化が終わっている。したがって、このように封筒をあけたときには、ほぼすべての蚕は卵から出て幼虫の姿になっている。

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封筒を表と裏の2枚に分離し、手早く規定量の桑の葉を載せる。

この、最初に食べさせる桑を「呼出桑(よびだしぐわ)」という。実際には蚕は桑の成分にひかれて卵から出るわけではない。卵のケースから乗り移らせる桑、というような意味であろう。

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蚕は封筒の両面に這っているので、封筒のフタの紙も上にかぶせる。

卵から出た蚕はすぐに桑の葉に喰い付く。

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蚕箔の上全体にパラフィン紙をかぶせて蚕棚に戻す。幼虫が乾燥しないようにするためだ。稚蚕は比較的高い湿度を好むが、封筒とパラフィン紙で包んでおけば桑の葉の水分で十分な湿度が得られる。

これで1セット4万頭の作業が完了。

今蚕期は約240万頭なので、この作業を60枚ぶん行う。

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掃き立ては8時から始まり、30分ですべて終わった。

これでも最初に餌を与えた蚕のグループと最後のグループでは30分の成長の差が出る。それゆえスピードが重要なのだ。

最後にこぼれた葉を掃いて、飼育室を清潔に保つ。

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間髪を入れず、9時から桑取りが始まる。

5月6日に連れて行ってもらった畑とは違う場所だった。

➡ 場所

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春の桑は、去年に延びた木質の枝から、柔らかい緑色の茎と葉が20~30cmくらい伸びている。その柔らかい緑の部分を手で摘み取る。

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桑は冬に落葉するから、この緑の部分はすべて4月以降に生長したものだ。稚蚕は桑の葉の柔らかいところしか食べないが、春の葉は柔らかいところだけなので、すべて使える。厳密にいえば先端の緑色が薄い部分は栄養が少な目なので使わないほうがいいとされるが、大量に飼育する飼育所ではそんなことをしていられない。

なお、稚蚕に対して全体が使えるのは春の飼育だけで、夏以降になると葉が硬くなるので枝の先端のあたりだけを使うので収穫の基準は変わる。

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畑からは葉だけを運び出す。残った桑の枝は鎌で切り落とし圃場に廃棄する。細い枝なので2~3年で分解し土に返る。

竹の桑摘籠を使った収穫作業が、平成のこの時代に行われているというのはちょとファンタジーじゃないか。

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この枝落としに使う鎌は柄も刃も短い「桑切鎌(くわきりがま)」という専用の鎌である。

剪定バサミで切ってもいいが、鎌の方が作業のスピードが速いという。剪定バサミは開く、当てる、閉じるの3アクションなのに対して、鎌は当てる、引くの2アクションだからそうだ。

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このときは桑摘籠3つぶんを収穫した。

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飼育所に戻り、桑の葉の総量を計る。

今回の収穫は66 kgだった。桑摘籠いっぱいで概算20 kgということなのか。

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収穫した桑は地下の貯桑場に下ろして、備蓄しておく。

この桑を蚕に使用するのは、明日の午前中である。

きょうの午後のぶんはすでにある。

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地下では籠から葉を出して広げていた。

葉も呼吸するので圧迫しておくと熱を持って痛んでしまうし、きょうは雨の中の収穫で葉が濡れているから、広げて乾かす意味もある。

蚕が必要とする水は、通常の葉の水分量だけで十分で、濡れた葉を食べさせると病気になりがちなので、いったん乾燥させて明日使用するのだ。

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掃き立て日の桑取りはまだ量が少ないので1時間で終了。

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ひと休みして、11時前から食事の準備が始まる。

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稚蚕飼育所のパートは農家の奥さんが多いので、野菜やお総菜などを持参している。

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昼食は11時15分ごろから。

いつもそうなのかは確認しなかったが、きょうは作業量が少ないので昼食を早めにとっていったん解散して、午後の作業開始まで家に帰るためではないかと思う。

あるいは、食事の回数が多い可能性もあるが。

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私は大学時代に狭山で茶摘みのバイトをしたことがある。高給だが重労働で、その農家では食事が1日5回だった。そのくらい食べないとできない労働だったのだ。

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そのわずかな合間にも、パートのリーダーは午後に使う桑の葉を裏返して、少しでも乾くように手入れをしていた。

この人の家は養蚕農家なので気遣いがすごい。朝も濡れ桑が心配で所長さんより先に出勤して、葉を裏返す作業をしたという。

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食事のあと休憩時間となり、いったん解散。

雨はまだ降り続いている。

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午後の作業は16時から再開。

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最初の作業は「差替え」である。

蚕は温度が高いほど成長が早くなる。室内は暖房しているものの、暖かい空気は上に行くので蚕棚の上のほうがどうしても成長が進む。そのため、蚕箔の上下を入れ替えてローテーションするのだ。上下だけでなく、右と左、前と後ろ、奥と手前も入れ替える。

やりかたは4人1組で、交換する蚕箔を2人が同時に抜き取り、桑くれ台の上に置いてお互いに持ち替え、元の棚に戻すというやりかた。

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蚕に給桑するときにも棚から取り出すから、そのときに、反対側の棚に戻せばいいと思うかもしれないが、その方法だと混乱して間違いが生じやすい。

そのため、差し替えは差し替えだけ、給桑は給桑だけと工程を分けている。

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挫桑場で調理した桑がワゴンに載せられて到着。

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午後の給桑作業が始まる。標準表によれば「掃下し」、「整座」、「蚕体消毒」という工程になる。

蚕棚から蚕箔を抜き取り、桑くれ台の上に置き、パラフィン紙をめくる。

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蚕の卵の容器である封筒を抜き取る。

蚕は餌を求めて桑の葉に乗り移っているので、封筒にはほぼ蚕は残らない。

もし残っていれば、羽帚(はねぼうき)を使って掃き落とす。この羽帚で蚕を落とす所作が「掃き立て」の語源である。

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蚕がいる場所のことを「蚕座(さんざ)」という。

蚕座はわかりやすいように丁寧に長方形に整える。この作業が「整座」である。「座ならし」ともいう。

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続いて、蚕体消毒。

蚕の身体を殺菌するために薬を散布するのだ。

使っているのは「改良パフソール」という粉薬。もうだいぶ前に生産中止になっていて、デッドストックを使っているのだろう。有効期限大丈夫なのかな。

写真の機械は電動ふるい。

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パフソールは使いすぎると薬害がでるので、うっすらと散布しなければならないが、ケーキに粉糖をかけるみたいに手動でやると掛けすぎてしまう。それに大量に手ふるいすると間違いなく腱鞘炎になる。

腱鞘炎にもならず、うっすらと粉体を掛けることができるのがこの電動ふるいだ。たぶん現在は販売されておらず貴重な道具。

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午後のぶんの桑を追加して、この作業の1セットが終了。

蚕はここで載せた桑を明日の朝まで食べ続ける。

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封筒を見ると、ほとんどの卵が白く見える。蚕が卵から出ている証拠だ。

もし幼虫が卵の中に残っていると、透けて青黒い色の粒に見えるのだ。

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不用になった封筒は捨てられる。

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部会長さんが竹棒で天井を操作している。

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天井にあるベンチレータの穴を閉じたのかな。

これから朝まで飼育室は閉め切りになる。

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養蚕専用の乾湿計があった。

稚蚕期間の適性温度のガイドが印刷されためずらしい製品だ。ただガイドの温度指示が一般に言われているよりやや低め。

現在の温度は26~27℃で、1齢の飼育としてはの適正だ。

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このあと、地下に備蓄してあった桑を挫桑場に上げた。明日の午前に使うぶんだ。

濡れ桑なので挫桑場で乾かすための緊急措置ではないかと思う。本来は涼しい地下に葉を備蓄して翌朝を迎えるのではないか。

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これで掃き立ての日の仕事はすべて終わり。

パートの人たちが帰宅したのは5時半ごろだった。

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