金屋稚蚕飼育所の配蚕

2眠の配蚕では蚕座紙のす巻きにする。

(埼玉県本庄市児玉町金屋)

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金屋稚蚕飼育所の掃き立てを見せてもらってから1年が経った。この間、私は徳島から群馬へ転居したので児玉町は近い土地になっていた。

飼育所長さんに連絡をとり、去年に引き続き、今年も春蚕の作業を見学させてもらえることになった。今年は飼育の最終日、配蚕の日を見せてもらう。

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配蚕(はいさん)」とは、稚蚕飼育所で肥育した蚕を農家に出荷することだ。

つまり、稚蚕飼育所の飼育の最終段階の作業である。

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スケジュール表を確認。配蚕の日の作業内容は、7:30からの給桑のあと、13:30から「割り込み」、「とめ桑」、「配蚕」となっている。金屋稚蚕飼育所の配蚕は2齢の最終日。これを「2齢配蚕」という。

去年は配蚕が5月18日だったが、今年は19日になり1日遅くなった。気候の関係だとすれば、1日というのは微妙すぎるから、曜日とか行事とかの関係でずれたのではないか。

飼育頭数も昨年は123箱だったのが92箱になり、前年比75%に減少した。だいたい養蚕業の数字は毎年2割くらい減っているので、今年に特に大きな問題が生じたということはなく、高齢化による定常的な減少である。

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シフト表の人数は去年と同じ8名体制。所長さん、養蚕農家の男性が2名、ほか6名が女性である。稚蚕飼育所の仕事は女性が中心なのだ。

1枚目、1日の人工(にんく)が4~7人というのは去年と同じ。

2枚目は出勤簿、初日の丸に縦棒を引いた"⦶"みたいなマークは半日の作業で丸ひとつ0.5人工という意味だと思われる。

3枚目は車両借上簿となっている。畑から飼育所に桑を運ぶ軽トラは毎日2台は必要であり、借上料が支払われるのだろう。

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私たちは午後から見学させてもらった。

飼育室へ入るときは逆性石鹸で手を洗う。

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所長さんが蚕の様子の最終確認。

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蚕は幼虫のときに5回脱皮するが、脱皮する直前には体の中が変化するので餌を食べない時間帯がある。その時間帯を「(みん)」という。

蚕の多くはすでに眠に入りかけている。桑の葉の中央に乗っているのは、もう葉を食べる意志がない状態なのだ。

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頭を上げて、のけぞったようなポーズが眠の特徴。

特に写真中央の矢印の個体は脱皮の準備が整っていて、他の蚕よりも半日くらい成長が早い。黒ゴマみたいな部分が蚕の頭部、その頭部のすぐ上に三角形にグレーに見える部分があるが、これが次の齢期の頭部が浮き出た状態で脱皮の直前だということがわかる。

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地下の貯桑場では男性2人が桑を出庫する作業に入っていた。

備蓄している桑は掃き立てのころと比べるとかなり分厚く積んである。

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約100kgの葉を挫桑場に上げる。

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天竜式挫桑機で桑を刻む。

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機械の仕事は男性が担当なのかな。

この機械、刃やプーリーがむきだしなので、けっこう危ないのだよね。

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いま準備している桑が「とめ(ぐわ)」となる。蚕が各齢期の終わりに餌を食べなくなる最後の給桑に使う餌のことである。

挫桑作業の動画

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飼育室では所長の指示のもと「割り込み」という作業が始まった。わかりやすく言えば頭数調整である。

蚕種会社から送られてきた封筒には10gの卵に相当する20,000頭の幼虫が入っている。これが蚕種会社側からみた1箱という出荷単位だ。しかし、農家側から見た単位は別で、埼玉県の標準的な頭数は1箱27,000頭である。そのため、蚕箔1枚ずつに蚕を追加して頭数を調整する必要がある。

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蚕の1箱は元々は20,000頭だったが、全盛期には製糸会社が卵の製造を担ったため、繭を少しでも仕入れたくて規定量より徐々に多めに入れるようになった。それが最終的に現在の27,000頭にまでなったのだ。

またこの飼育所は埼玉各地の飼育所が閉鎖され集約されたため、配蚕地域ごとに1箱の頭数が違うという特徴がある。特に東松山方面の埼玉中央JAの範囲は1箱が40,000頭というすさまじい量だ。

蚕箔のタグは出荷先を表わしているのだろう。

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予備の1枚の蚕箔を⅓に分割して他の蚕箔に追加しているところ。

1枚の蚕箔は20,000頭なので、6,666頭の蚕が追加され、合計26,666頭の蚕箔ができあがる。

これがたぶん埼玉の標準の27,000頭の1箱だと思う。実際は蚕種会社から届く卵が少し多めになっていて、ちょうどよい量になるのだろう。

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これは予備の蚕箔の蚕を⅙に分割して、他の蚕箔に入れているところ。配蚕地域が違うのかな。間違わないように作業しなければならないから所長さんは作業から目が離せない。

このように分割は目見当なので、蚕箔によって当たり外れが出るのはしかたがないだろう。そもそも、飼育途中の「分箔」工程も正確に½には出来ないのだから、誤差は防げない。

割り込み作業の動画

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これで割り込み作業は完了。

続いて「とめ桑」の作業に入る。

割り込み、とめ桑、配蚕のそれぞれの作業はひと段階ずつに独立しているのだ。

ちなみに群馬県の人工飼料育の飼育所では、工場のラインのような構造なので、頭数調整から梱包、出荷が1工程で行なわれていて作業者の負荷がとんでもなく高い。

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とめ桑作業では蚕の上に掛け布団のように桑をふりかけていく。

蚕の多くはすでに眠に入り始めているから、この餌を食べることはない。輸送時のクッションとなるのだ。

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そのためざるに入れる桑の量はいちいち重さを計らず、大ざっぱに入れていく。

十分な量の葉があるのだろう。

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まさに稚蚕飼育所! って感じの光景。

養蚕が最も多く残っている群馬県では、すべての稚蚕飼育所が人工飼料育になってしまったので、こうした光景は見ることができない。

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かつて日本中で見られた剉桑育と棚飼いの仕事の段取りをよく目に焼き付けておきたい。

割り込みととめ桑は30分ほどで終わり、配蚕まで一息つくことができる。

とめ桑作業の動画

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これであとは配蚕の時間を待つばかり。

桑は少し余った。

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この時間にも少し掃き掃除して仕事場を整頓する。

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各地の農協から集まった車が列を作った。蚕はいったん農協の集荷場などに送られ、農家が待っていて分配されるという段取りだと思う。戸数が少ない地域は直接配達されるかもしれない。

15時ごろから配蚕が始まる。意外に遅いな・・・。

所沢、武蔵村山、八王寺方面は到着が夕方になってしまうのではないか。

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配蚕が始まった。

蚕箔の上に敷かれた蚕座紙(さんざし)で餌ごと蚕を包んでいく。

このときかなり力強く巻くが、巻きが弱いと輸送中に動いてかえって蚕が痛むという。葉がクッションになるので蚕が圧死することはない。

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蚕座紙は3辺から包むようにして、1辺は開放してある。蒸れないようにするためだろう。

私が徳島県で見た飼育所の包み方は2辺が開放された海苔巻状だったので、包み方が違っている。

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ナイロンひもでしっかりと縛る。

1枚の蚕箔を処理するのには20秒ほどしかかからない。

基本的に飼育所の作業はすべてスピーディーだ。

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南側の雨戸が開放され、農協の担当者に次々に蚕が手渡される。

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紙筒のように立てて積んでいる。蚕座紙を3辺から巻いているから底があるのだ。

徳島で見た配蚕は立てることはできず、専用の箱に横置きにして積み上げていた。所変わればやり方も変わるものなのだな。

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最後の蚕が積み込まれ、出発した。

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見送るスタッフたち。

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蚕がいなくなったがらんとした蚕室は少し寂しい感じがする。

配蚕作業の動画

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農家向けの飼育標準表があった。農協で稚蚕を注文するともらえるスケジュール表だ。日数は季節と品種によって若干違うので、初めての品種を飼うときは農家といえども標準表がなければ予定が立てられない。

埼玉農協の標準表の特徴は、3~5齢~出荷までの日数が通しで書かれていること。上蔟日が配蚕から通算で23日目だと明白にわかる。

また4齢終わりで極端な遅れ蚕(オクレコ)は殺処分しろという指示がある。ドライに聞こえるが、プロの量産技術としてはこれは正しいのだろう。

群馬県の標準表は、4齢、5齢のそれぞれの齢期ごとに表が途切れていて全体の通算日数は記載されていない。群馬では5齢の最初の給桑をいつ行うかは農家次第で、標準表では「よく起きそろってから給桑するように」と指示されている。上蔟日は通算日数ではなく5齢の最初の給桑が強く影響するから、あせらずじっくり待たせてから桑づけしろという農家が多い。

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飼育所に働きに来ている養蚕農家は直接蚕を持ち帰る。

付いていってTさんとNさんの配蚕後の作業を見せてもらうことにした。

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児玉町の養蚕農家は町の南部の里山地帯にある。

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まず、現在の養蚕部会の会長Tさんの蚕室へ。

蚕室はパイプハウス製で、入口には波板張りの下屋が接合している。

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下屋部分は貯桑場になっている。

温度が上がりそうな造りだが、作業の導線は良い。

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蚕室の天井は遮光率100%の被覆材が使われている。

蚕室としては最も安価に実現できるものだ。ただ、近年は温暖化で夏の気温が上がりがちなので、夏蚕を育てるにはやはり木造建築で2階建ての1階か、屋根裏があるような建物が理想的だ。

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内部の様子。

中央に柱があるのは冬季の積雪対策ではないか。

飼育台は柱がH字型のスーパー飼育台。

室内にはストーブがあり桑の廃条で加温するようだ。ちなみに室内には電気が来ておらず、夜間の作業は懐中電灯で行うという。

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続いて、Nさんのお宅へ。

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作業場の横には川が流れている。

はしごも掛けてあるから蚕具の洗浄などができそう。

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こちらも飼育室はパイプハウス。

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飼育台はH型のスーパー飼育台で9間 × 3列 = 27間。

1間では2,500~3,000頭くらいの蚕が飼えるから、81,000頭、ちょうど3箱の蚕が飼育できる設備だ。

今蚕期は2箱の注文なので2列だけで飼育できるはずだが、除沙(蚕座の掃除)で1列をバッファとして使えば効率よく作業できるだろう。

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すぐに梱包を開いて、桑と蚕を広げる。

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蒸れを防ぐというのもあるが、このあと蚕座に石灰を散布するとき、葉が積み重なっていると石灰がうまく掛からない場所ができてしまうからだ。

石灰は蚕体消毒の意味もあるが、桑の葉から水分を奪って干からびさせることで、先に脱皮して3齢になった個体が葉を食べてしまうのを防ぐ意味もある。

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蚕は離した区画に置いてあり、その両側には空の蚕箔がある。

おそらく3齢の始めに除沙をして蚕を半分ずつ両側の蚕箔に分箔するための置き方だと思う。

標準表では17時から石灰散布することになっているので、このあとすぐ石灰を散布してきょうの作業は終わりだ。

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蚕室内には大きなストーブがある。この地域は山なので児玉の町中よりは寒いから夜は暖房が必要だという。

また、複合経営として冬に椎茸栽培をするのにも役立っている。

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電柵があった。

蚕が成長するとアライグマの食害が起きるので、蚕室のまわりに設置するそうだ。

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これから今年の養蚕シーズンが始まる。

稚蚕飼育所の所長Hさん、養蚕農家のTさん、Nさん、見学させていただいてありがとうございました。

(2012年05月19日訪問)