高森のタバコ農家

在来種白遠州の栽培農家を訪ねた。

(熊本県高森町芹口)

滝探しでだいぶ時間をとってしまったが、ぼちぼち帰路につかなければいけない。だがその前にもう1ヶ所だけ訪ねてみたい場所がある。きのう、陸稲を作っていた農家に立ち寄ったとき、阿蘇周辺のタバコ生産についての話題が出たのだ。阿蘇のカルデラを走っていると、農作物としてのタバコ畑が目に付く。そのほとんどは黄色種という品種で、熊本県は日本一の黄色種の生産地である。だが、それ以外にわずかに在来種が作られていて、高森町のほうに白遠州(しろえんしゅう)という品種を生産している地域があるという。

そこで、帰りのルートで高森町のほうを経由して竹田市方面へ向かうことにした。

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土地勘がないので簡単には生産農家を見つけられなかったが、いろいろと聞き回って後藤さんという農家を見つけ出した。

農作物としての葉タバコは大別すると、黄色種、バーレー種、在来種の3種類がある。そのうち、私が特に興味を持っているのが在来種であり、白遠州は在来品種の一種なのだ。

後藤さんの畑はすでに収穫が終わって、幹だけが残されていた。

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この写真は地域農協から配布されたポスターで、下側の葉から収穫する日程のガイドになっている。タバコの葉は、下から下葉(したは)中葉(ちゅうは)合葉(あいは)本葉(ほんば)上葉(うわは)と分別して出荷される。標準的なスケジュールでは8月10日ごろ最後の収穫回期と指示されているが、標高などの違いで若干の違いがあり、後藤さんの家では8月4日ごろに最後の収穫をしているようだ。

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在来種タバコ品種の特徴は、摘葉した葉を自然の温度で発酵させながら乾燥させるという工程にある。これが黄色種との決定的な違いだ。黄色種はベーハ小屋などの乾燥設備を使用して高温で数日で乾燥を終わらせるのだが、在来種は11月ごろまでかけて自然温度で乾燥させなければならない。

そのために「連干(れんぼ)し」といって、綱に葉を編み込んで軒下などで乾燥させる手法をとる。パイプハウス内に吊られている葉はまだ半乾きで、黄色い部分が多い。最後に収穫した上葉なのだろう。

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私はこの連干しの姿の美しさに惹かれてしまうのだ。

編み込むのは主に手仕事になる。編み込む機械もあるらしいが、あまりスピードが速くない割に高価なのであまり普及していないらしく、私はまだ見たことがない。後藤家も葉を一枚一枚手で編み込んでいる。幹ごと収穫して乾燥させる「幹干(みきぼ)し」という方法もあるが、一括収穫になるため未熟な葉を収穫することになり収量が減ってしまうのと、幹の重さで逆に仕事が大変になるため多くの農家ではこのような連干しが行われている。また、葉を吊るさずに地面にむしろなどを敷いた上で乾燥させる「地干(じぼ)し」(平干し)という方法も古くはあったようだ。地干しは葉が平らになり、光沢も出ることから買い上げ価格が良くなるが、裏返すなどの手間が大変なため現在では行われなくなった。

この編み込みと、長期間にわたる成熟の管理が手間であるため、白遠州の生産農家は減っている。現在町内には16戸の農家しかないという。タバコ栽培はJTとの契約が必要なのだが、現在新規の契約や増反ができないらしく、生産量は減るばかりなのだという。しかし、高森町の標高の高い地域は黄色種の栽培には気候が適していないため、在来種でないとむずかしい。JTからすれば熊本の白遠州生産は自然減で消滅させるつもりなのかもしれない。白遠州は茨城県でも生産されていて、用途は紙巻きタバコにブレンドしたときの増量材というか、弾力を与えるものだという。用途としては東北で作られているバーレー種と似ている。

高森町で白遠州を生産するようになったのは20年ほど前からで、それ以前は「松川」という品種を作っていた。松川は買い上げ価格だけでいえば白遠州よりも良かったが、病気になりやすいなど育てにくかったため白遠州に切り替えた。松川はたぶん現在では福島県でしか生産されていない。

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後藤家には自然乾燥のハウスのほかに、乾燥室も持っているので見せてもらった。

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これは秋雨などの多湿の気候でも安定して乾燥保管できる設備だ。

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機械は大紀産業社製「大紀式葉たばこ乾燥機TX」というタイプ。

大紀産業は業務用の食品乾燥機の大手だけど、個人農家向けの葉タバコ乾燥専用機がいまでも購入できるかは不明。

全国にタバコ生産農家は1万戸ほどあるが、組合で大型の乾燥場を持っているので、個々の農家が乾燥させるケースは少ないのではないか。主に在来種の農家で使われている機械だと思う。

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薄暗いムロの中に連干しされたされた葉が見える。

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こちらはだいぶ熟成が進んでいる。

美しい眺めだなあ。うっとりしてしまう。

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こちらは本葉かな。

この地方では「ほんぱ」と発音していた。

品質は上々。

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出荷のための荷姿に梱包する機械。

葉タバコの梱包には、梱包材料に特別な配慮が必要だ。万が一ナイロン、輪ゴムなどの破片が製品に混入してしまうと、火をつけたときに異臭が発生するからだ。連干しのロープが麻縄なのは化学製品の混入を避けるためでもある。

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なお葉タバコをJTに出荷することを業界用語では「収納」という。

収納は毎年11月末~12月10日までに行われる。

収納作業は以前にくらべると多少は減っているそうだ。葉の形を調える「調理」と呼ばれる工程がなくなったり、買い上げ時の等級も昔は8段階だったのが、5段階、3段階と減り、今年からは2段階になるという。

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使われていない縄が天井に保管されていた。

後藤家は最盛期には85アールの圃場で生産していたが、現在は30アールしか作っていない。

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後藤家で見せてもらった古い資料。

黄色種の乾燥工程だ。温度が70度以上と高温なうえに、5日で終わっている。それと比較すると、お盆から11月まで管理が必要な在来種がいかに作業負荷の高い品種かがわかる。生産農家が減っているのも仕方がないことだろう。

後藤家では白遠州の収穫が終わってしまっていたので、他の農家の圃場に行ってみた。

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こちらはまだ8回期が終わっていないようで、本葉が残っている。同じ村内でも気温などの違いで成長が多少違うのだろう。

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高森町の白遠州の栽培方法の特徴は、添え木をすることだ。

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この添え木に誘引ヒモを通して、まっすぐに伸びるようにしている。

エンドウ豆の栽培などを参考に、この地域の指導員が考え出したものだという。はじめは余計な仕事だと敬遠されたが、台風の倒伏にも強くなるため徐々に広まった。

誘引ヒモは半分くらいの高さに張られていて、収穫回期の区分の目安にもなるというが、誘引ヒモに掛かった葉の収穫は若干やりにくくなるという。

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生産契約のプレート。

約25アールの面積があり、7,300本が作付けされていることがわかる。

「タバコ種類」というところに「5在白遠州」と書かれているのは、白遠州が「第5在来種」とも呼ばれるからだ。

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葉は黄色種にくらべるとやや丸い感じかな。

圃場で青々しているので、遠目にも黄色種とは区別できる。

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村内でベーハ小屋を見かけた。

これは黄色種を乾燥するための専用の施設。熊本県の黄色種は第1黄色種が多いという。

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木造モルタルで大きな明かり窓がある。

一般的な土蔵造りのベーハ小屋の構造とは若干違っている。

国内の白遠州の生産は2014年を最後に終了した。もう白遠州の姿を見ることはできない。

(2011年08月09日訪問)