細川家では晩秋蚕に1.5箱(3.75万頭)のあけぼのを育てていた。
提携グループは野村町にあるシルク博物館で、このグループで生産している繭はすべてあけぼのだという。
提携グループとは、2010年から始まった新しい補助金の枠組みで、メーカーと養蚕農家を一体で支援するというもの。養蚕農家はいずれかのグループに所属することになったのだ。
細川さんはシルク博物館以外に、京都の呉服屋、塩野屋さんの黄繭種も育てたことがあるという。
徳島から来たと伝えたら、むかし徳島まで桑を買いに行ったことがあるという話をしてくれた。まだ高速道路がない時代だから3時間くらいかかったという。
ここ以外でも他県まで車で桑を買いに行ったという話を何度か聞いたことがある。養蚕が儲かった時代には、少しでも多く育てたいので、桑を買うこともあったのだ。
以前は大規模にやっていたが、規模が小さくなり、稚蚕室で上蔟するようになったそうだ。
稚蚕室は狭くて密閉しやすいため暖房するのに向いているからだ。
晩秋蚕の終わりのころ、夜になると冷え込むことも多い。
あけぼのの繭。
清水家では枠を下ろしていたが、細川家ではまだ吊ったまま。出荷は3日後なのでまだ時間的な余裕は十分にある。
使っている回転蔟は枠が十字型のタイプで、十字部分が木製のものと金属製のものが混在していた。
吊る段数は2段。
飼育台は清水家で見たのと同じ2階建てのスーパー飼育台。
もうすべて片付けてあった。
こちらで驚いたのはこの大きな給桑台。よく見る給桑台の3倍くらいの面積がある。一度に120~150kgくらいの桑が載るのではないか。
2階建ての飼育台は、すべての列を2階建てにできるわけではなく、給桑台を載せる列は1階にしなければならない。たとえば3列の飼育台を建てたら、両端の2列を2階建てにして、中央の列は1階建てにして2階部分に給桑台を走らせることになる。給桑台が大きければ、1台で3列分に給桑できるのだ。
桑畑は40アールほど残っていて、山のほうにあるが、畑と道路の段差を利用して荷台に桑を積み込めるため体力的に楽だという。
なお、細川さんから教えてもらった話では、新城の稚蚕飼育所は現在は箱飼いだが、それ以前は循環式の機械化蚕座だったのだという。
見学させてくださった細川さん、ありがとうございました。
(2011年10月09日訪問)