重楽寺の参道を下っているとき、向かいの谷の斜面に茶堂が見えた。
茶堂とは、辻堂の一種で、堂内が開放されて接待所、休憩所、宿泊所のような機能を持つ仏堂である。こうしたお堂は地域ごとに呼び名が違うが、当サイトでは主に愛媛県での呼称である「茶堂」で統一している。
谷を越えてお堂まで行ってみた。
石段は45度くらいある厳しい石段。ジャノヒゲなどが生えてもう階段なんだか斜面なんだかわからない。
このお堂には名前があり「谷の四つ足堂」と呼ばれている。茶堂は別名で「四つ足堂」、「四ツ堂」と呼ばれることが多い。4本の柱で建つ吹き放ちの堂というような意味であろう。
ただこのお堂は3間╳3間だから四つ足ではなく、10本足ということになる。
実際、茶堂には1間╳1間の4本柱の堂もあるが、多くはこのように3間╳3間、あるいは、長方形の間取りであり、名称としてはやはり茶堂のほうが汎用性が高いと思われる。
屋根は茅葺きの宝形に近い寄棟造りで、天井がないため屋根裏が見えている。
このお堂の特徴は、内陣が堂の外側に突き出した凸型の平面になっていることだ。
つまり3間╳3間が完全に外陣として開放されている。
内陣には仏壇があり、地蔵菩薩、弘法大師が祀られている。茶堂は遍路をもてなす施設とも言われ、弘法大師が祀られることが多い。
このお堂は大正時代に遍路が野宿したときの失火で一度焼けているという。
こんな場所にお遍路が来るのか???
この場所は県道250号線に面していて一応舗装道路で峠を越えて穴吹川まで行くことができるが、あまり人の往来がある街道ではない。もちろん四国88ヶ所巡りのルートでもない。
こうした谷になぜお遍路が入り込んでくるのか、そして時として山奥の行き止りの道にも茶堂が建てられるのはなぜなのか、これは簡単には理解できない民俗なのだ。
お堂の背後には五輪塔が並んでいた。
ここは単なる接待所ではなく、お寺としても機能した時代があったのではないか。
お堂の横には急斜面に段畑が造られていた。
(2002年11月10日訪問)