三日月沼

三日月の形をした文字通りの三日月湖。

(埼玉県東松山市高坂)

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「河跡湖」とは、大きな川が流路を変えたとき、旧河道が川から切り離されて沼になったものをいう。多くの場合そうした川は蛇行しているから、沼もカーブした形になり、別名を「三日月湖」ともいう。

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これまで紹介してきた河跡湖の中で、最も三日月湖というにふさわしいのがここ高坂の河跡湖だ。名前はそのものずばり「三日月沼」。

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三日月沼付近の地形図に、江戸末期の都幾川の河道をピンク色で描き加えてみた。

東上線橋梁の前後の都幾川が直線化されて、三日月沼とリバーサイドパーク内の野池が出来たことがわかる。つまり三日月沼は地質年代的な時間の中で誕生したものではなく、1990~2000年ごろに人の手で誕生した新しい地形なのだ。

ちなみに、河跡湖にはこうした人工的な起源ではなく、自然に生まれた「自然短絡河跡湖」というものもある。荒川水系では堤外地を探せば小さな沼がありそうだし、堤内地ではたぶん伊佐沼が該当する。

野池としてバスやフナなどの釣り場にもなっている。だがきょうは日曜日なのに、釣り人はほとんど見かけなかった。

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沼の外周はなんとか水辺まで近づけるが、常設の桟橋や釣り台などはなく、斜面に踏ん張っての釣りになりそう。

対岸は藪が多く、水辺に近づけそうにない。

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岸辺の砂利道は、かつての都幾川の右岸堤防だ。

この道は現在は都幾川で行き止まりになっているが、かつてはこの先で渡河していて、北岸まで渡れる街道だった。先ほど紹介した橋供養塔はこの街道に立てられた道しるべでもある。

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地形図からは読み取れないが東上線の土手の側にも水辺があり、一本橋が架けられていた。

(2022年11月06日訪問)