東村山の葛袋地区には取水堰が多い。
2019年の台風19号ではこの付近は左岸、右岸ともに水害が発生していて、堤防と河畔林整理の大工事が続いてきた。重機が行き来するため堤防と河川敷全体が立入禁止で堰に近づくことはできなかった。
2024年の様子をGoogleEearthで見てみる。
まだ工事は終わっていないが、両岸とも堤防が強化され、河原の雑木林もほとんどが伐採された。
河畔林のせいで流れが滞留し、堤防の決壊の一因になったのだろう。
2026年、久しぶりに行ってみたら工事が終わって、自由に河川敷に入れるようになっていた。堤外道路は整備されたばかりで、以前より堰に近づきやすくなったともいえる。
道路はこれで完成なのか、それとも今後コンクリ舗装でもするのか?
道路といっても砂利を20cm厚ほど敷いて転圧しただけのものだから、都幾川が1回でも高水になればどこが道だったかなどすぐにわからなくなるだろう。
道は堰のすぐそばまで続いていて、行き止まりには車が転回できる駐車場がある。
譲り合って駐車すれば3~4台くらい止められそうだ。
駐車場から上用水堰は近い。
川岸は蛇籠で護岸されていて歩きにくいので、砂地を歩いたほうがいい。
堰は堤体が蛇籠と捨て石で出来ていて、すでに色々なゴミが引っかかって雑木が生え始めている。
近くで見ると、これは堰なのかよくわからない感じだ。
蛇籠だから水も浸透して、適当に流れ出ている。
上から見たところ。
堤体が河道に対して斜めに作られているのがわかるだろう。こうした堰を「斜め堰」という。
現代では取水堰やダムは河道に対して直角に造る。つまり斜め堰は近代以前に造られた古い堰なのだ。寛政10年(江戸後期)に下流の矢来堰を使う農民との紛争になり証文を取り交わした記録が残っているという。おそらく江戸前期には現代ほど強固ではないものの斜め堰があったのではないか。
斜め堰は水流を斜めに受けて、用水の取水部に向けて水を集めていく。
こうして見ると本流よりも上用水側が優位に取水できるから、下流の農民から見れば水を総取りされてしまうように見える。
そこで評定を交わして、堰の規模や構造などの取り決めをしたのだ。
その結果がこの蛇籠の堤体や余水吐きなのだろう。
堰から見た上流の様子。
下流の様子。
(2026年04月18日訪問)
