大和田浅間神社のすぐ南にある氷川神社。大和田浅間神社が河道跡の低地にあったのに対して、こちらは自然堤防の一番高いところにある。
古い地図を見るとこの場所には「万行寺」という名前の寺が描かれているが、現在は廃寺となっていて、神社だけが残っている状態。字名の由来となった万光寺ではないかと思われる。
神社は塚の上に建っている。古墳だという資料は存在しないが、前方後円墳という印象がある。
水塚としては巨大すぎて不自然ではあるが、まぁ水塚の一種といってもいいだろう。
神社の境内にあった板碑。
鳥居をくぐるとすぐ右側に真新しい水盤がある。
さらにその隣りには棹納め所。
短い石段があって、神社は目測2mくらいの高さにある。
不思議なのは、社殿は塚の一番高い場所にあるのではなく、背後がまだ塚なのだ。
石垣が積まれている上は更地だが建物はない。石垣が築かれたのは昭和時代だと思われる。
塚が前方後円墳だとすると軸は東西になっていると思われ、神社がある場所は南向きに不自然に飛び出した地形になっている。前方後円墳には
よくわからない地形だ。
神社部分の石段には文久元年(幕末)の銘がある。
社殿は覆屋で中に流造りの本殿が納められている。
本殿前にある一対の末社。
正面には「社頭一宇造立之」の文字。
あまり見たことがない形状だ。窓が2つあり中にロウソクを灯したような痕跡があった。
石造の献灯台みたいなものは尾張地方でよく見かけるが、埼玉でほかに似たものがあるのか気にかけておこう。
神社の上の更地。
ホントよくわからない。なんでこんな大げさな工事をして、何にも使っていないのか。
塚の東側には社務所のようなものがあるが、人は住んでおらず地域の集会所かなにかに使われている。その前にもけっこう大きな倉庫状の小屋がある。
寺子屋でもあったのかな。
その小屋から東側を見たところ。
上げ舟が見える。
ここ、万光寺地区は自然堤防ではあるが、水害時には水がくるのだろう。
神社周辺の想定浸水深は5.4mもある。
(2026年07月01日訪問)
