来振寺(きぶりじ)と読む。谷汲村の華厳寺へ参拝するための鉄道である名鉄谷汲線が、平野部を過ぎて山間に分け入るあたり、その線路のすぐ脇に寺はある。
寺の入口には幟旗が何本もはためいていた。そういえば、この日はいろんなところで幟旗を見たなあ。
境内に入るとまず目を見張るのが参道の左右にある西美濃三十三番の写し霊場。配置は一直線で単調だが、瓦屋根が続く光景は壮観だ。
屋根には薄い瓦を積み上げた箱棟(はこむね)や鬼がわら、鬼がわらの上につきだした棒状の瓦である鳥衾(とりぶすま)が見られ、妻飾りには懸魚(げぎょ)が付いている。小さな堂なのにきちんと細工がしてある丁寧な仕事ぶりだ。これを三十三棟も作るなんて、頭が下がる。
参道を進むと、総門があり、総門の先には三間一戸の楼門がある。楼門は比較的新しそうな建築だ。築20年はたっていないのではないか。
本堂。本堂の裏山は石灰岩質の奇岩だ。やはりこういう景勝の場所には寺が似合う。
境内には他に、観音堂、不動堂、聖天堂、庫裏、水盤舎、地蔵堂など。
本堂の左手には、なにやら杭を巡らした空間が。どうやら火渡りの行を行なう行場らしい。つい最近行われたような跡があった。火渡りというのは行者が護摩を焚いた残り火の上を素足で歩くという荒行だ。行者が気を入れた善男善女も後をついて渡ることができる。やけどをすることはないという。ちなみに私はやったことはない。信仰心がないからたぶんやけどするんじゃないかと思う。
こうした行場が常設になっているのは初めて見た。
(2000年03月20日訪問)