寺町めぐり16ヶ所目の訪問地、
尾道市街の東北方向の愛宕山の山腹に大伽藍が広がっている。尾道市最大の寺だ。
山門は三間一戸楼門の仁王門。室町後期の建立といわれ県重文。2階が異様に低く、ちょっとみると八脚門のようにさえ見える。創建当初は八脚門だってのではと思わせる門だ。
もしかしたら浅い山である愛宕山の雰囲気に合わせて意図して背の低い門を建てたのかもしれないが、全体のバランスはいいとはいがたい。やはり楼門は背が高いほうがきれいだ。
伽藍配置はこの図のようなになっている。
境内は3段になっていて、1段目に仁王門と塔頭の持善院と金剛院、2段目に金堂や鐘楼、3段目に本堂や庫裏、そして裏山に三重塔が建っている。
また三重塔から図の左半分のふか緑の山中を通って持善院付近まで続く八十八カ所ミニ霊場がある。
塔頭とは大きな寺の境内に付属する子院のこと。
もうひとつの塔頭の塔頭の金剛院。
私の独自基準では、地方の寺で塔頭が2院以上現役で残っていれば名刹としている。
金剛院の右側には鎮守社の金比羅神社がある。
そこからさらに石段を登って行くと、踊り場のような場所があり左側には十王堂がある。
内部には小さな十王像が並んでいるのが、戸のすきまから確認できた。
石段を登り切ると広い境内に出る。
そこには金堂が建っている。
室町初期の建築で国重文。
意匠は和様。屋根の勾配や反りの軽やかさ、太い木割り、軽快さと力強さを兼ね備えた美しい建物だ。
限りなく国宝に近いほうの国重文といえよう。
金堂の左手にあった英霊殿。何の英霊が祀ってあるのかは不明。
英霊殿の西の山ぎわには尾道護国神社(左)と、賀茂神社(右)。
金堂の右手にあった袴腰鐘楼。
金堂から本堂へはまた石段を登る。
中門があり、形式は
写真右端に見えるのが庫裏。山麓には三重塔が見えている。
向唐門とは、大棟が通行方向にあり、かつ、屋根の上面が
そもそも大棟が通行方向になっている門はかなり小数で、ごくまれに切妻屋根の門もあるが、ほとんどは向唐門である。
門を入ったところに百度石があった。
本堂。
本堂は客殿ふうの造りだ。
本堂の右側には玄関。
玄関のさらに右側が庫裏。
庫裏の前には経蔵と思われるものがある。
本堂の左側。
左側には小堂が接続していて、写真の中央は不動堂(護摩堂)、左側が毘沙門堂。
護摩堂の内部。
さらに渡り廊下で大師堂へとつながっている。
毘沙門堂と太子堂のあいだの渡り廊下の下をくぐると、三重塔のある山のほうへの登り口になっている。
渡り廊下をくぐったところには池の中に地蔵尊がある。奥にみえる宝形堂は弁天堂?
道は本堂の裏側に回り込んで、山道が三重塔へつづいている。
こういうときは足取りも軽くどんどん登れる!
三重塔はやはり室町前期の建築で、和様。国重文に指定されている。
柵の中にあるのであまり近くまでは寄れない。
三重塔へ行く山道の途中は八十八カ所ミニ霊場になっている。
ミニ霊場といっても、新しい石が並んでいるだけのようだし、けっこう広い範囲に続いているので巡らなかった。
この西国寺は今回の旅で見た一番の寺と言えるかもしれない。むろん全国的に見てもトップレベルの名刹である。
(2001年05月03日訪問)
