赤城南面でも何箇所か見かけたような二列型の飼育所だ。
二列型では小屋組みが木造トラスの場合、幅に応じて大棟も高くなる傾向がある。このように屋根が低いのであれば小屋組みは軽量鉄骨なのだとわかる。
注目点は、屋根にベンチレータがあることだ。形状も丸形ではなく箱形でちょっと珍しい。
大棟にベンチレータがあるということは、内部に部屋がなく、吹き抜けの空間だということだ。
古い時代の稚蚕飼育所は土室(どむろ)という押入れのような装置内で飼育する電床育方式であり、時代が下ると気密性の高い部屋をエアコンで保温して室内で飼育する大部屋方式に変わった。屋根から気抜きできるということは前者の電床育方式だと推理できる。
サッシュからちょっと中をのぞかせてもらったが、内部は木工所になっていて、ブロック電床育のためのブロックの仕切りが残っているのが確認できた。
また、「二列型の内部は通常の飼育所を横に二列並べたようなものだったろう」というのはこれまで推理でしかなかったが、ここで実物を初めて確認することができた。
ブロック電床育であること、小屋が軽量鉄骨であることから考えて、建築年代は昭和30年代の終わりごろではないかと思う。
建物の北側には飛び出したような別の部屋がある。ここには一切の窓がないので、貯桑室だったのではないか。
近くで見かけた養蚕農家。
(2007年05月03日訪問)