カイコは卵から孵ってから繭になるまで4回脱皮する。つまり、終齢幼虫は5齢だ。この齢期のうち、1~3齢を「
稚蚕飼育の初日の作業を「
配蚕は稚蚕飼育工程でもっとも忙しい作業であり、センター長さんからも「見学しても相手してる時間はないよ」と念を押されていた。自由に動き回らせてもらったほうが取材しやすいので、私としては逆に好都合だった。
午前8時。いよいよ配蚕の作業が始まろうとしている。
作業室の一角には、飼育に使う用具が置かれていた。使い捨ての手袋、カイコを1頭ずつつまんだり餌を整えるための塗り箸、大量のカイコを移動するのに使う羽根ほうき、人工飼料を自動給餌機に入れる際に切れ目を入れるパン切り庖丁などである。
そして、飴の袋がいくつか用意されていた。
これからしばらく休憩なしで作業をしなければならないので、作業者に飴が配られる。
奥の制御盤ではセンター長さんが、配蚕の計画を再確認している。この飼育所ではセンター長は、パートの人たちから「先生」と呼ばれていた。これはかつて「養蚕教師」という職業があったことの名残りなのだろう。
先生が操作すると、ベルトコンベアからカイコが出てきた。
緑色の鉄製のパレットを「
群馬県の螺旋循環式蚕座では、蚕箔1区画で1.4万頭のカイコを飼育する。
配蚕時、カイコは3齢の3日目である。普通品種の3齢期は全5日だが、4日目の午後には脱皮準備のために餌を食べなくなるので、この日農家に届いたあと午後に1回、次の日の午前に1回桑を食べさせたら3齢は終わりになる。
3齢の最後まで飼育所で飼育せず、2回分の給餌を残して農家に届けるのには理由がある。農家では4齢の飼育に備えて食べ残しのジメジメした飼料からカイコだけを分離しなければならない。カイコに網をかけてその上から新鮮な桑の葉を与えることで、カイコだけを吊り分けるのだ。そのために桑を食べさせるタイミングが必要なのである。
これから「
蚕箔1区画には、1.4万頭のカイコが入っているのだが、群馬県の農家が注文するカイコの取引単位は1.5万頭の倍数なので、頭数の調整が必要なのだ。
最初から1.5万頭を蚕箔上で飼育すればよさそうなものだが、いろいろな経緯があって伝統的にこのような手順になっているようだ。碓氷安中の飼育所の配蚕でも似た手順だったという。
まず、振り込み用の予備のカイコを床に並べる。
そして、追加する頭数に目分量で分けてゆく。
人間の目はそれなりに正確だとはいえ、このときの手加減で100頭や200頭は違ってきてしまうだろう。1.4万頭に対して1,000頭を振り込めば規定量の1.5万頭になるのだが、おそらくマージンを取ってもっと多くの頭数が振り込まれているのだろうと思う。
振り込む先の蚕箔がコンベアを流れてくると、一人の作業者が中心に穴を掘って、もう一人の作業者が羽根ほうきでその穴めがけて追加分のカイコを落としてゆく。
穴を掘る理由は、上から乗せる食べ残しの飼料でカイコが埋もれないようにするためだろうか。実際は、カイコは飼料に埋もれてもすぐ這い出してくるので、多少埋もれても問題はない。
蚕箔の管理表。
カイコの品種が色別に表されている。また、振り込み用の予備の蚕箔がどこにあるかも書かれている。
先生はこのチャートをみながら、制御盤を操作し、パートのリーダーに指示を出していく。
この日行ったのは、ラインの上流で振り込みをしながら、下流で蚕座紙を包んでコンテナに入れるという難易度の高い作業だった。
作業者の息がぴったりと合っていないとできず、見ていても緊迫感がある。
カイコは「
配蚕ではカイコを飼料ごと蚕座紙で包んで配送する。
けっこうな勢いで包んで、折り畳んでいく。
これが最終形態。
桑葉で稚蚕飼育している飼育所の包みかたと比べると、あまり圧力も加えておらず、ソフトな感じだ。この包みかただと、中でカイコが自由に動けるような空間がある。
この包みをコンテナに入れる。
飼料は水分を含んでいるため、けっこうな重さになる。3~4キロはあるのではないか。
コンテナは品種や出荷方面ごとに積み上げられる。
配蚕開始。
配蚕口が開け放たれて、外には各方面の農協の担当者が待っているのが見える。
ここからいったん各地農協の支所に送られ、農家は支所でカイコを受け取る段取りなのだ。
以前、掃き立てを見学させてくれたJA碓氷安中の面々もいる。農家が取りに来る時間が決まっているので、てきぱきと積み込んでいく。
この光景が見られなくなったとき、日本の養蚕は産業として本当に終焉を迎えるのだ。これは目に焼き付けておきたい光景である。
正午まえにはすべてのカイコを送り出して、午前中の作業は終了となった。
最後に作業室を整頓する。重たいコンテナも女性だけで片づけていく。こういうとき私が手伝えばいいのかもしれないが、たぶんいま私がしなければならないのは見たものすべてを後世に残すことであって、それは彼女たちの仕事と同じく重要なことなのだ。
戻るときには、消毒槽のところで手を洗っていた。
洗面台が2つあるのは、一つは消毒液を溜めておくためで、もう一つは手を洗うためだったのだ。
その後、研修室に集まってお茶を飲みながらお昼休憩となった。この日は飼育所からお昼のお弁当が出る。
実はこの日、私はどうしても外せない仕事があって、残念ながら昼までで帰らなければならなかった。
後日、配蚕の午後に行われる清掃の様子の写真をもらったので、紹介しておこう。
大胡の稚蚕飼育所でも見かけた、チウオウ蚕箔洗浄機が稼働する様子である。
洗浄機をコンベアの横に寄せて、上部の箱状の部分を蚕箔上にスライドさせる。
写真左側の本体部分には水槽があり、水が自動的に補充されるようになっている。
ベルトコンベアを動かしながらの洗浄が始まる。
箱の内部には回転するブラシがあって、蚕箔の表面を洗ってゆく。箱は水が飛び散らないようにするためのカバーだったのだ。
かなりの勢いで水がしたたり落ちている。こぼれた水はトレーで受けるようになっているようだ。
これで使い方のわからない装置の一つの謎が解けた。
かつて随所で見ることができた配蚕の日の活気に満ちた仕事も、もう見られる場所はごくわずかになってしまった。
小野の飼育所がいつまでも続くことを願ってやまない。
猫の手も借りたいほど忙しい中、見学させてくださった小野稚蚕人工飼料飼育センターのセンター長さん、スタッフのみなさまに感謝します。
(2012年09月10日訪問)