「家具工房あらい」。
箪笥屋横丁でおそらく最後まで看板を出していた工房、そのご主人に偶然に会い、仕事場を見せてもらえることになった。
玄関のサッシュの細工を見るに、指物屋さんか建具屋さんかと思ったら、ご主人は、
「ウチは、家具工房だよ」
とおっしゃる。
手作り家具といっても大味なものありピンキリかと思うが、新井さんは細かい細工でも相当腕が立ちそう。
仕事場には機械や工具がぎっしり。
ここからならどんなものでも生み出せそうだ。
「最近看板を下ろした。もう職人が食べていける時代じゃなくなった。これからは自分で好きなものを作る」
看板を下ろしたとはいえ、仕事を止めてしまったわけではないのだ。
「いまこのテーブルセットを作ってるんだよ」
見せてもらったテーブルセットに息を飲んでしまった。
椅子の模様は細かいところまですべて埋め木で描かれている。「埋め木」とは、木の節などが抜けてしまったところに、穴にぴったりに削った木材を埋めて補修するテクニックだ。このテーブルセットはそれを応用して細かい細工をしたもの。
「これ、値段つけられるの? 手放す気ある?」
思わず聞いてしまったが、販売は考えているようだ。
作業場の奥には、過去に作った小箪笥などのサンプルが置いてある。
工房から自宅への通路になっている潜り戸。
その取っ手にノミやカナヅチが付いていた。
これは木でできた模造品で新井さんが洒落で作ったもの。
工房の奥には、愛用の工具がきれいに並んでいた。いくつかのノコギリの刃にカバーがつけてあるものがある。
「これは目立て職人が引退するときに、最後に目立てさせたもの。もう二度とできないような目立てがしてある。ここぞという仕事のために温存してある。普通の仕事には他のノコを使う。最近売っているノコは目立てが直線的になっている。それはそれで良く切れるが、この仕事は切れればいいというものじゃないんだ」
新井さん自身は高度な技術を持つ木工職人だが、ノコの目立てはまた別な職人の技術によって支えられてきた。そうした職人たちの技術のすそ野は崩壊しつつあるのだ。
「この道具をそろえるのに大変な思いをした。カンナひとつで25万円もしたものだよ」
神棚。
福助、ダルマ、招き猫などがあった。
いかにも職人の仕事場というすすけた色合い。
おそらく新井さんの技術を必要としている人は、世の中にまだいるのではないかと思う。そのマッチングがうまくできていないのではないかと感じた。
看板を下ろしたとはいえ、引退してしまうのには惜しまれる腕の持ち主なので、ふさわしい仕事がある方は相談してみてはどうだろうか。
(2015年12月20日訪問)