ミャインカレイ村とパアプゥ村を結ぶ、サルウィン川西岸の道へと出た。以前、村の鍛冶屋を見たのもこの道の沿線だ。
これからこの道をひたすら北上することになる。このあたりはまだ交通量も多いためか道幅も広く、未舗装とはいえ路面は平坦で硬く締まっていて走りやすい。
しばらく走るとパアプゥ村の中心部へ至る。パアン市のシュエインミョウパゴダ付近から渡船で渡ると、ちょうどこのあたりに着く。
ここまでですでにいくつかの寺を参詣して、そろそろ水分を補給したいところなので、冷たい飲み物を探したが、氷入りのクーラーボックスを置いている店が見当たらなかった。パアプゥ村はかなりひなびた村なのだ。
パアプゥ村を過ぎると、道は急に細くなり、路面も荒れてくる。パアプゥ山の山すそがサルウィン川に落ち込むあたりはまったく平地がないため特に道が狭い。
パアプゥ山の登山口を過ぎると、小山が見えてくる。山の上にはパゴダがあるので、ここにも寺があるのではないかとにらんでいた場所だ。
前回来たときは渡船を使ったのでこちら岸での足がないうえ雨がちの天候だったのでこのあたりで引き返した。今回あの小山を確かめるのである。
小山のふもとまでくると枝道があり、入口の看板には「ホニャララဘုရား 」とある。「ဘုရား (パヤー)」は、当サイトでは「~寺院」と訳している語で、意味としては「参詣用の寺」という区分だ。
やっぱり! 狙い通り寺があった!!
枝道を300mほど登ってゆくと僧房が見えてきた。
寺に到着したのだ。
この寺はパアプゥ山を構成する複数の小山の鞍部の、峠のような位置にある。
お坊さんがいそうな寺なのだが、どこかに出かけているのか、犬だけが出迎えてくれた。
僧房の横の岩の上に小さなパゴダ。
登ろうと思えば登れそうだが、ここから見た通りのものだろうからあえて登らず。
僧房はパアプゥ山の鞍部の峠にあるため、寺の奥のほうへ進むと、下り斜面になっていく。
少し下ったところに、浅い洞窟があり内部に縁台が入れてあった。暑いときなどに過ごす瞑想所ではないかと思われる。
さらに下っていくと
有り体にいえばトイレである。
東司の横には吸い込み穴の鍾乳洞が口を開けていた。
ハシゴなどはないので中には入れない。たぶん人間が通過できる穴がないのだろう。
さらに下っていく。
もうこの先には寺の施設はなさそうだ。
それでも小道を進んでいくと、少し視界が開けた所に出た。パアプゥ山の裏側に出たのだ。
これでだいたい見るべきものは見たか・・・。
そう思って引き返すと、犬も道案内するかのように僧房のほうへ戻っていく。
帰ろうとしていたらお坊さんが戻ってきた。
もう帰るところだと告げると、「右のほうの建物に行ったか?」というようなことを言っている。
そういえば東司の反対側にトタン板の屋根をのせた粗末な感じの講堂があったな・・・。
一応、外観の写真は撮っておいたが。(左写真)
お坊さんが先に歩き、「ぜひこっちも見ていけ」と言っているようなので、しぶしぶ付きあうことにした。
講堂の中はこんな感じ。
田舎寺の講堂、兼、食堂ですな。
まぁ、よくあるやつ。
でもお坊さんは特に講堂を説明するでもなく奥へと進んでいく。
あれ?
なんかある!
講堂の建物を通り抜けると、崖のほうへ階段が続いていたのだ。
洞窟だ!
お坊さんはこれを見ていけと言っていたのか!
なんという親切なお坊さんなんだ。見落としているだろうと、わざわざ教えてくれたのである。
内部はあまり深くない。25mくらいか。
鍾乳洞を利用した奥の院になっていた。電灯もある。
鍾乳洞には短い支洞があった。
先はおそらく瞑想所だろう。
もう一つの支洞へ入ると、こちらは光が届かない暗いホールになっていて、小さな触地印の仏陀と、ポーポーアゥン、ボーミンガウンの像が置かれていた。
ミャンマーの田舎の寺へ行くと歓待されることがよくあるのだが、先を急いでいると面倒くさく感じてしまうこともある。
今回は面倒くさがらずにお坊さんに着いてきてよかった。危うく奥の院を見ずに帰るところだった。お坊さん、ありがとう!
再びサルウィン川西岸の道へ戻ってきた。
しばらく波が洗うような河畔の道が続く。
その河畔に小さなお店があった。ガソリンスタンド兼、駄菓子屋という感じの簡単な店だ。街道沿いにはこうした小さなお店がたくさんある。
通り過ぎようとしたら、なんと、冷蔵庫があるではないか。この辺鄙な村で冷たい飲み物が手に入るなんてラッキー。
ひき返してここでひと休みすることにしした。店主のおじさんは戻ってきた私をみて笑っている。
店の前を流れるサルウィン川。対岸に見える山はミザン山だ。
サルウィン川の下流部に道路橋がかかる前は、舟運が中心だった時代があったのだろう。いまでも貨物や砕石などが船で輸送されているのを時々見かける。
(2016年12月18日訪問)