仕事関連の事業用地に適した土地が売りに出ているというので見にいくことにした。
そのすぐ近くに日本軍が書いた文字だか絵だかがあるというのでついでに見ようということになった。
まず土地のオーナーの家に行く。
文字だか絵だかがある場所についてはオーナーが詳しく知っているというので案内もしてもらうつもり。
向かったのはラインカァ村。ズェガビン山脈を車で越えられる唯一の峠がある場所で、その峠は戦時中に日本軍が開削したといわれる。
AH1号線が完成したらこの峠がバイパスになりパアン市方面を通る交通量が減るのではないかと思う。
「ここからは車では行けないから歩くよ。」
あれ? ここ前に来たことがある。トウマ山僧院だ。
案内人は僧院の山へは登らず、山を巻くように歩いていく。
トウマ山の廻りは池になっていた。
以前きたときにはここは窪地で水がなかったと思う。
池の廻りの堤も以前よりキレイに整地されている。
文字があるという崖に到着。
このあたりは、アウンサン将軍がタイから進軍したときに野営した場所と言われている。おそらくその時にここにも軍人が来たのだろう。
「あれ~? なんだか様子が変わってる。」
「文字があった場所が削られてなくなってるみたいよ~。」
コーゴン洞窟寺なんかで見る仏龕を貼り付けた跡がある。ここはただの崖じゃなくて、寺の遺跡だな。
洞窟があったので入ってみる。
河食洞とでもいうのか、石灰岩の山が水の流れでえぐられて短いトンネルができている。
この洞窟のなかにも落書きの跡のようなものがあったが、これは違うらしい。
洞窟は狭く、全体が斜めに傾斜しているので、進むのがたいへん。
洞窟の反対側に出てみたが、ヒサシのように歩ける場所があるだけで特に遺跡のようなものはない。
戻ろう。
残念ながら、日本人が残したという文字は発見できなかった。
よく見ると、パゴダにあるタコンタイ(石柱)のようなものもある。
ここに寺があったのは間違いなさそう。
このときは他の日本人スタッフもいたので、せっかくなので、確実に文字の跡が見られるパヤトンズ僧院へ行ってみることにした。
ところが、パヤトンズ僧院の文字も岩ごと整地されてなくなってしまっていた。カレン州はいまどんどん変わっているから、古いものを見るのはいそがなくてはならない。
その8ヶ月後、またこの同じ場所に来ることになった。
だいぶ様子が変わっていて、大仏の建設予定地があったり、茶店が出来たりしていた。
トウバ山の麓の池が最近SNSで取り上げられ、インスタ映えスポットになっているのだ。
SNSでは民族衣装を着たモデルさんが水を酌んでいる写真が出回っている。でも周囲には人家もないし、立地を知っていたらあきらかにシチュエーションが変なのだが、写真がうまいからそれなりの風情のある場所に見えてしまうのだ。
この日も若者が写真を撮りにきていた。
文字があったというあの崖の前もキレイに整地されていた。
ここに何か作る予定なのか?
前回のときはヤブで近づけなかった崖もすぐそばで観察できるようになっていたが、やはり文字のようものは見当たらなかった。
文字はここに仏龕を貼り付けるモルタルに彫られていたのかもしれない。
(2019年02月23日訪問)