前回の訪島で葺田八幡神社を訪れた福田町。同じルートで小豆島の外周を廻りながら、立ち寄る場所だけが違っているのが可笑しい。前回はとにかく小豆島の特徴である山岳寺院、洞窟寺院に重きを置いたが、今回はそれ以外の地味な寺をひとつでも多くカバーすることを目指しているからだ。今回の裏の目的である、「内部に人間が入って仏と一体化できる仏像」はいまだ発見できていない。

小豆島八十八ヶ所霊場の84番、雲海寺へ来てみると、その風景にびっくり。
境内の廻りが広大な墓地になっているが、そこに巨大な無縁仏ピラミッドが3基も並んでいるのだ。
墓参りにきていたおばあちゃんがいたので、お墓についていろいろ教えてもらった。

これまでいくつもの無縁仏ピラミッドを見てきたが、そのなかで最も壮大な風景といえると思う。
これまで小豆島で見てきた墓地はほとんどが集落の共同墓地であって、お寺に墓地が附属しているというケースは少なかった。お寺はお寺、墓地は墓地で独立していたのだ。
ここももしかするとお寺に隣接しているだけの、共同墓地なのかも知れない。

墓地の敷地は空きが目立つ。
どうやら最近整理されたものらしい。聞いたところでは、何回忌になったら整理するという規則ではなく、あるタイミングで一斉に片付けたらしい。

本堂は山の斜面にあり、立派な石段が続く。
大坂城の石垣の材料を切り出した、石の島らしい壮大な景観だ。

石段の途中から振り返ると、墓地と吉田の町並みが一望できる。
港には姫路行きのカーフェリーが停泊し、その先には弁天島(小島)が見えている。

墓地には草一本はえていない。お参りに来ていたおばあちゃんによれば、墓地に草が生えるのははずかしいことなのでいつもきれいにしているという。献花の手入れなどで毎日朝と夕方2回墓地に来ているという。

この無縁仏ピラミッドは、墓地の利用者のあいだで共同管理していて、清掃したり花やお菓子を供える当番が年に2回くらい回ってくるという。

石段の途中には鐘堂と東司があった。

石段を上り詰めた正面に本堂。客殿風の造りだ。
ここ雲海寺は、84番と85番の2つの札所になっている。
どうやらこの本堂が85番で本地堂のようだ。もともとは葺田八幡神社が85番札所だったが、神仏分離で本地仏をこの寺に移したものだ。

本堂の右側に宝形造りの如意輪堂。こちらが本来のこの寺の84番札所。

そのさらに右側には住職の墓所がある。

本堂の左側は庫裏になっている。

それにしても墓地がきれいになっている。墓石も新しいものが目立つ。ほとんどが家墓ではなく夫婦の墓である。
この墓地ではこうした櫛形墓石は真言宗の墓石で、上が平らだったり尖っている(軍人)墓は神道の墓石だということだった。

1区画にその家の複数の墓石を建てていくのが普通で、墓石が一杯になると五輪塔に墓碑銘を刻んで墓石を整理する。その五輪塔の墓碑銘が一杯になると宝篋印塔を建てるというような話だった。
この写真の左側が墓地の敷地の入口にあたる。家族の墓石は入口からみて奥の右側から建ててゆく。入口付近にある小さい墓は、子どもや水子の墓石で場所が決まっているのだそうだ。
(2007年10月08日訪問)