塩沢の谷で一番奥。この先にはもう人が住んでいないという場所。
そんな山奥で
羊大夫は伝説上の人物。以前に安中市の羊神社で彼の物語は簡単に紹介している。奈良時代に多胡地方を治めたと考えれているので、こんな山奥に館跡があるというのは不思議だ。
案内板には次のようにある。
上野國多胡郡の司、羊大夫は養老年間(717-723)今から1277-1221年前、都の征討軍の追撃を受け此の地に敗死したと伝えられる。他に上野九牧のひとつ大塩の牧司の墓と伝えられる。竪穴式古墳の埋没があり土器等多数発見されている。
ん? 途中から違う人の墓という説明になってるが? それに館跡というのと話の内容が合わない。
陣屋跡は看板よれば、道路の東側の「正面の丘、鎧畠の砦。左カラマツとスギの木の所が羊大夫の墓」とある。
見回してもどこがそれなのかさっぱりわからない。
植物で道案内するのやめてほしい。むかし「トウモロコシ畑があったら曲がる」って説明されたことがある。
周辺の地形を見てみる。白点があるのが看板の場所。そのすぐ右側の細長い台地状の平地が館跡とされる場所。特段、城郭の跡のようには見えない。
古墳とされる場所ははっきりわからなかったが、平地の北東側に墓地の跡があったので、かつてここにも人が住んだことは確かだ。
館跡とされる場所の東側には枯れ沢がある。
枯れ沢の対岸はかつての段畑。
大変な苦労で開墾した土地だと思うが、いまはうす暗い杉林になっている。
墓地。
江戸時代の墓だと思われる。
古墳と言えそうなのはここ。でも南牧村には歴史的に古墳はないよね。
(2011年05月07日訪問)
