ウロウロしていたら農家の入口に石柱が立っていた。
どうやらここが金井廃寺跡のようだ。
石柱の左の石は礎石かな。
畑にもわかりやすい礎石が。
ただ、礎石の位置は動かされているのでここに伽藍があったということではない。
この加工を見ると、かなりレベルの高い仏教寺院だったことがわかる。
前橋市の山王廃寺と同じ、飛鳥時代に建立された寺院と考えられている。つまり奈良時代に国分寺が建てられるよりも以前の寺ということ。100年ほど続いたと考えられている。
山王廃寺は「放光寺」という名前だったと推定されているが、金井廃寺がなんという寺だったのかを示す文字の史料は見つかっていない。
まあ、想像していたのだけど、礎石があるだけで、どんな伽藍だったのかなどはさっぱりわからない遺跡だった。
でも他の古代寺院と違い、榛名山北麓の山深い里に、飛鳥時代にこれほどの文化が花開いたとういことは驚きだ。
(2009年04月30日訪問)
