流し雛が行なわれるというので岩槻城趾公園に来ている。毎年、3月3日の直前の日曜日に開催されるとのこと。岩槻「まちかど雛めぐり」の中でも盛り上がるイベントらしい。
この流し雛イベントの役員のひとりが、雛人形の衣装などの原料を扱う問屋さんという情報を得て、話をつないでもらってこれから会いに行くのだ。
岩槻城については文化財の案内図がいまひとつ正確でなくて判断しにくいのだけれど、緑化されて公園として残っているのはだいたいオレンジの点線部分。本丸や二の丸、その周りの広い沼は埋め立てられ造成されて住宅地に変わってしまっている。
なので城趾公園を丁寧に散策しても、岩槻城の往時の様子は感じ取れないのではないかと思う。
唯一、遺構らしいものは、野球場の近くに移築されている岩槻城黒門という長屋門だ。
ただ、説明を見ると「この門は岩槻城の城門と伝えらえる」というあいまいな言い方で煮え切らない。
見た感じ、城門というよりは上級武士の武家屋敷の門なのだよね。
とにかく、きょうは城を見に来たのではなくあくまでも裃雛の調査なので、流し雛の会場へ向かおう。
公園の低地部分は芝生の広場になっている。
遊具は新しいユニット式の遊具が中心なので、きょうは無視。
珍しいと思ったのは有料のバッテリーカー。
スピードは出ないが、短いサーキットがあって周回できる。
トーテムポールがあった。
カナダのナナイモ市というところと友好都市になったことを記念して贈られたもので、中々見ごたえがある。
この芝生の公園には池もあり、水辺に入れるような造りになっている。
橋の名前が「八ツ橋」になっている。
当サイトによくあるこじつけじゃなく、ホントに八つ橋を意識して設計されたものだった。
欄干のある八つ橋って、初めて見たかも。
会場で目的の方には会えたのだが、裃雛の材料についてはあまりにも昔の話なのでまったくわからないという。
大正時代以前のものなので、わからないのも仕方がない。
流し雛は会場で購入して公園の池に流す。というか、浮かべる。
人形は簡素なもので桟俵に入っている。これに願い事を書いて池に浮かべるのだ。
流し雛というと川に流すイメージだが、川では水辺まで行きにくいのと、川に物を流すのは河川法違反になる可能性があり面倒なのだろう。
これが岩槻の流し雛。
イベントは10時スタートで、ひと段落した時間帯に来たので流している人は少なかったが、けっこうな数が水面に浮かんでいた。
と、ここまでできょうの午前の部は終わり。
城址公園から近いホームセンターのフードコートで昼飯を食べることにした。
最近はまっている武蔵野うどんのコーナーへ。
美味いうどんだったけれど、私のイメージする武蔵野うどんとはだいぶ違っていた。
(2023年02月26日訪問)