長楽用水の樋管の川裏に箱形の横断構造物がある。
これは水路橋だ。
あまりに直線的な物体なのでコンクリートに見えるけれど、緑泥片岩の切石で作られた石造物だ。かつて群馬県の甘楽町で紹介している物件と同様のもの。
長楽用水の上を別の矢来用水が横切っている。
この場所は長楽用水の取水部だが、矢来用水はさらに4Kmほど上流で取水され、都幾川左岸を流れ下ってきた用水路だ。
それが長楽用水の対岸へ配水しているのは不思議な感じがする。だがこの場所でも長楽用水と矢来用水は1mほどの高低差があり、その高低差を維持したまま長楽地区に水を送るための水路橋なのだろう。
現代では1mほどの高低差なら揚水機場やポンプ小屋などで水を揚げるのは容易だが、それができない時代は僅かな高低差を利用して耕地に水を行き渡らせていたのだ。
定礎がはっきりと読み取れる。「明治三十年五月十日 新築 比企郡中山村大字長楽」となっている。
矢来用水も長楽用水も江戸初期にはあった用水路だから、この石樋ができる以前にも木製の懸樋があったかもしれない。
この日は水が来ていなかったが、前回見たときには流れていたので現在も現役の水路橋である。
(2026年04月12日訪問)
