道を走っていたら、唐突に「村社 天神社」という石柱が立っていた。
左側の柵は吉見町北小学校の校庭だ。もともと神社の参道だった土地が小学校に取り込まれてしまったのか。
小学校の東側に神社があった。
鳥居が二つあり、2柱が合祀されている。
メインとなるのは天神社。
平成30年建て替えられたもので、まだピカピカ。
本殿は流造り。覆屋の中にある。
社殿全体の造りとしては八幡造りって言ってもいいの?
天神社の右側には棹納め所。
棹納め所の横には芭蕉の句碑があった。
かみしもの
国のみたちに
草の戸も
住み替わる代ぞ
ひなの家
水盤は屋根無し。
本殿の背後には疱瘡神がある。
天神社の左側には頭殿神社。
本殿は石造の流造りだが、トタン板の扉が付けられているのがめずらしい。
境内の左側には御嶽塚がある。
ちゃんと石段で登山できるそれなりに立派な塚だ。高さは目測2mほど。
石段の横に清瀧不動尊の文字碑があるが、なぜか参道に背を向けている。
「木食普寛」の文字碑。
山頂には御嶽山、右に八海山、左に三笠山と彫られた、木曽御嶽三点セットがある。三笠山は群馬県にある修験の山。奈良の有名な三笠山ではないよ。
御嶽山、八海山、三笠山の3つはいずれも普寛が開いた霊場なのだ。
神社の隣りにはしもた屋がある。かつては小学校の子どもたち相手の雑貨や文房具、駄菓子などを商っていたのではないか。
天神社の仲見世と言ってもよさそう。
神社の前にある謎のポール。
吉見町の低地のところどころで見かけるのだけれど、これは何?
(2026年05月05日訪問)
