2008年7月に富士神社という神社を訪問したとき、境内の建物に壁画があり、その絵の山に「百八灯」という文字が描かれていたのが気になっていた。この百八灯とは富岡市の民俗行事、「大島の火祭り」のことではないかと思われる。山の斜面にタイマツで巨大な文字を描く火祭りである。
2012年8月、念願かなってその祭りを見に行くことができた。場所は富岡市南西部の大島地区、上信越道に面した山の斜面(左写真)だ。
火祭りなので基本的には暗くなってから行われるわけだが、祭りの全貌を見るためまだ明るい16時ごろに現場に入った。
だが、まだ誰も来ていない。
斜面に火がともるのは19時ごろという。当然、明るいうちに準備をしておくのだろうと思って、その様子を撮影しようと思ったが拍子抜けだ。
道ばたにタイマツと思われるものが置かれている。
早めに来た人が置いて帰ったのだろうか。
大文字を焼く斜面に登ってみた。
山林を皆伐した跡のような植生で、野バラやワラビなどが茂った急斜面だ。足下が悪く、スパイク付きの地下足袋でも履かないと、登り降りできそうにない。
斜面のすぐ下には、上信越道が通っている。高速道路のこんなすぐ側で行われるのだ。
山からは、この行事を執り行う大島集落が見渡せる。
養蚕農家の建物が目立つ町並みだ。
祭りが始まる気配がみえたのは、17時すぎだった。村人がぽつりぽつりと自分のタイマツを持って山に登ってゆく。
昼過ぎには酒盛りなどで村人が盛り上がっているのだろうと想像して来たが、どうもあまり盛り上がりは感じない。
淡々と山の斜面に人々が集まってきた。
この祭りで浮かび上る文字は毎年異なるという。
その年の世相を表わす字が選ばれるのだが、文字は祭りの当日に決まるのだそうだ。
どんな字を選ぶか相談でもしているのだろうか。
斜面に登ったままほとんど動きがないまま、1時間が過ぎようとしていた。
突然、斜面に火がついた。
どうやら文字を描くときに邪魔になる草を焼いたようだ。
縄を張って文字の形をつくり始めた。縄張りには斜めの画がありそうだ。今年の文字は「絆(きずな)」ではないかと想像してきたが、どうも合致しない。
時刻は18:45。祭りが始まるとされる19時までもう15分しかない。こんなことで本当に文字が焼けるのだろうか、心配になってくる。
19:15、日が落ちてあたりが暗くなったころ、やっと祭りの始まりを告げる花火が打ち上げられた。
いよいよ、大島の百八灯の開始だ。
19:30、とつぜん斜面が真赤に燃え上がった。
煙でよく見えないが、「木」のような文字が見えてくる。
全体に火が廻って、文字がはっきりと見えた。
「栄」という字だ。
この文字を描くドットのひとつひとつが、百八個のタイマツで出来ているのだろうか。
ほどなく、タイマツの行列が山道を降りてくる。
タイマツを持った村人が、集会所を目指して行進しているのだった。
村の中に非日常的な風景が現出する。
この祭りは火文字を遠目に眺めるだけでなく、このタイマツ行列を見学することもポイントであろう。
村の子どもたちは、タイマツの行列を見送ったあと、花火などをして遊ぶ。
これはきっと大人になっても忘れない思い出になるはずだ。
このあと集会所で直会か何かがあるのかも知れない。
本来であればそこまで見に行くべきなのだろうが、この日は16時からここまで4時間も経っていて、汗でベタベタの体は気持ち悪く、早めに引き上げることにした。
(2012年08月16日訪問)