撫養のおおまかな地名は下の図の通り。(写真は1975年の国土地理院の航空写真)
きょうは岡崎を起点に、撫養街道沿いに林崎、大道と映画館の跡を探してきた。
航空写真をみると撫養街道と黒崎通り(仮称)が古そうに見える。道沿いに平入りの商家風の建物が連続しているのが見えるからだ。
撫養街道は西行きで愛媛県まで通じる長い街道、黒崎通りは鳴門から香川県へ通じる街道だ。
いずれも現代ではバイパスの広い車道が平行して開通しているが、これから見ていくのは旧道で、図の┉の部分だ。
撫養街道と黒崎通りの交差点にあり、ひときわ目立つ乾物屋「鳴門園」。
鉄道開通前はこの交差点が撫養の一等地だったのだと思われる。間口が交差点に対して45度の角度になっているのが、長いあいだこの店が街道のシンボル的な存在だったことを物語っている。
日暮れて、店内に明かりがついている様子が旅情をかきたてる。
新しい住宅にどんどん置き換わっているが、それでも商家と思われる格子戸のある家が散見できる。
続いて、地図の南浜地区へ。
南浜地区は狭く曲がった道が多く、まるで漁村に迷い込んだような場所だ。以前、このエリアで滑り台を調べたときには苦労した。
建物を裏側から見るとまるで船みたいだ。
ここからは、撫養街道の西行きになる。
乾物屋の交差点から西のほうを見ると車道は急に狭くなり、ここから先は古い街道の姿が色濃くなっていく。鉄道がなかった時代、撫養に上陸したお遍路さんはこの道を通って第1番札所を目指した。
地図でいうと木津方面になる。
夕暮れでシルエットになった山の輪郭に向かって伸びる街路灯の列。私はどういうわけかこういう構図に魅かれてしまう。この道をどこまでも行ってみたい!って思ってしまう。
・・・この道を実際に行ったら本当に四国を横断できてしまうのだけど。
クルマのスピードを落とし、ゆっくりと町並みの中を進んでいく。
山ぎわには神社やお寺の山門が点々とある。でももう暗いのでお参りはできない。
「よく見えないけど立派なお寺みたいだ、いつかお参りしたいな」
などと、できもしないことを思いながら通り過ぎていくのも、実は旅の幸せな瞬間なのだ。
道の両側に格子戸のあるしもた屋が続き、空が切り取られたように見える街道筋の風景。夕暮れどきにこういう街道を走っていると、なんだか海の中を進んでいるみたいな感覚にとらわれることがある。
(2007年01月27日訪問)