色々と不思議な桑園を見かけて1ヶ月後、きょうはその確認のため再び月夜野町を訪れている。
主なターゲットは喬木仕立て桑園だ。喬木は江戸時代の養蚕の桑づかいであり、積雪地帯に近年まで残ったとされるものだ。関越道の水上IC付近から水上温泉にかけてのあたりを捜索すると、たしかに巨木になった桑園が見つかる。ただそれが本当に喬木桑園だったのか、あるいは養蚕をやめた農家の桑が放置されて巨木になったものなのかは判断はつきかねた。
情報を得ようと倉澤稚蚕飼育所に立ち寄ったら、いま夏蚕を飼っている農家があるから行ってみるといいと言われ、杉木さんを紹介された。
杉木家のご主人はまだ50代で、群馬の養蚕農家では若手といえる。
養蚕と水田を1ヘクタール作っている。
養蚕は基本的にご主人一人ででやっていて、忙しいときだけ家族が手伝う。
蚕室はバラックとパイプハウス。
バラックは半分は下屋で、すきま風が入りそうだが、最近は温暖化で気温が高いので20度以下にならないようにしていれば問題ないとのこと。以前は加温のため4齢まで主屋の中で飼った時代もあった。
訪問したときはバラックで飼育中で、飼育台はスーパー飼育台で6間×5列。大量に飼うときはここで4齢までを飼育し、5齢からはパイプハウス内にも広げるという。
訊きそびれたけれど、夏蚕の飼育数はたぶん6万頭と思われた。たぶんここから見える範囲飼育設備で飼える。
春蚕はその倍を育てるが、夏蚕は量が少ないから話をしながら飼育できるということで仕事をしながら対応してくださった。
春蚕を一人で12万頭って中々に大変ではないかと思う。春蚕の5齢は体力的にもギリギリになるそうだ。
貯桑場を見せてもらった。
土蔵造りの建物のの中にある。
桑の置きかたは根の側を下にした並べかた。
挫桑機があった。これはもともと牛のエサの藁を刻む機械で、桑ならば枝ごと刻めるという。
倉澤飼育所は3齢配蚕だが、配蚕直後にだけ刻んだ桑を与えるという。配蚕された蚕を飼育台に広げるとき、刻んだほうが蚕に均一に給桑できるからだ。
杉木家の桑園の桑品種は、「改良鼠返し」と「一ノ瀬」。
一ノ瀬は倒伏しやすいので、鼠返しのほうが使いやすいそうだ。一ノ瀬は現代の日本の養蚕で最も普及している品種だが、倒れやすいという話は他でも聞いたことがある。
畑の一部には、利根郡方面の地域的な品種である「坂東」もあるという。
写真中央の株がそうかな。
坂東は葉が大きいが、晩秋に葉が傷むのが早いとのことだった。
お忙しい作業中に見学させてくださり、ありがとうございました。
(2011年07月08日訪問)
